私たちはかなりの荷物を運んでいて、人生を身軽に旅することができません。ネガティブな荷物をあまりに多く抱え込んでいると、今目の前にあるすばらしい人生を見逃してしまいます。
あなたの「過去」や「計画」も、そんな荷物の一つです。
ときには知らぬ間に、他人の荷物を運んでいることさえあるのです。

自分にだけ見えない
「過去」という荷物があります

 おそらく、私たちが無駄に引っ張っている最大の荷物は、過去でしょう。

 数年前、私はインドでツアーに参加し、古い寺院跡を訪れました。そのとき、四六時中、数週間前のデートでの惨めな経験について話している若い女性に出会いました。

 彼女は、ちらりと遺跡を見て数枚写真をとったかと思うと、再び自分の悲惨なデートについて延々と話し続けるのです。彼女の荷物はとても重く、ツアー参加者全員に影響を及ぼしていました。

 とうとう、私の娘が、女性の目を見てにっこりほほ笑み、こう言いました。

「どちらから参加されたんですか?」

 その質問が、彼女にパンチを食らわせました。

「ロサンゼルスです」と彼女は答えました。

「ここはとてもすばらしいところですね」

 娘はそう言って、彼女が再び過去に注意を向けないようにしたのです。

「ええ。本当にきれいだわ」

 彼女は、まるで初めてそれを目にしたかのように答えました。

 その後ツアーはとても静かになり、全員が、今この瞬間の喜びを取り戻すことができたのです。

 このような荷物が油断ならないのは、他人には見えても自分自身には見えないことです。

「計画」も荷物の一つです

 私には、人生のあらゆる瞬間に計画を必要とする友人がいます。

 数年前、彼女とニューヨークへ旅しましたが、それは私にとって悪夢のようでした。というのも、気の向くままに行動できるゆとりがまったくなかったからです。彼女は、泊まる場所も、夕食をとるレストランも、訪ねる場所も、休憩時間も、すべて事前に決めていたのです。

 彼女と一日一緒に過ごしながら、私はつねにスケジュールとそれを守ることばかり考えていました。しばらくは我慢していましたが、小さなしゃれたコーヒーショップを見つけたとき、とうとう我慢ならなくなったのです。

 その店はまるで、エスプレッソを飲んでいってと、私に手招きしているようでした。そう提案すると、彼女は即座に予定外だと拒否しました。そこで私は彼女に、スケジュールを無視するか、各自別行動するか選んでほしいと言ったのです。

 彼女は別行動することを選びました。

 私はエスプレッソを楽しんで、それから数時間、一人でぶらぶらしたのです。彼女は思い切りアートを楽しみ、私は美味しいデザートを十分楽しみました。それは互いにとってよい決断でした。

 人生の旅で、自分が荷物を詰めすぎているかどうか理解する方法は簡単です。不要な荷物で人生が抑圧されていると、私たちのマインドは重苦しくなり、腹が立ってイライラし、ハートは空っぽで閉じた感じがします。

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