目標は「地球でナンバー1」世界を相手に挑戦を続ける

ビジネスパーソン研究FILE Vol.177

株式会社エイチ・アイ・エス 簾藤眞太郎さん

海外営業本部のグループリーダーとして活躍中の簾藤さん。目指すは世界ナンバー1の旅行会社!


■入社2年目で社内売り上げ記録を更新! その後、基幹システム立ち上げの一大プロジェクトを担当

学生時代からダイビングが大好きで、旅行業界に興味を持ったという簾藤さん。「エイチ・アイ・エスなら、自分のやりたい旅行ビジネスを実現できる!」と感じて入社を決めたという。

入社後の研修を受けた後は、同期40名と共にトラベルワンダーランド新宿本社に配属され、営業を担当することに。
「旅行コンサルタントとして個人に向けた窓口営業を担当しました。先輩から『この会社は結果を出せば、やりたいことにチャレンジさせてくれる』と聞いていたこともあり、『誰にも負けたくない! 半年間頑張って、同期の中でトップになろう』と意気込みましたね」

知識も経験もない自分。だからこそ、「お客さまに言われたことを確実に遂行し、質問にもスピーディーに回答しよう」と心がける。旅程や行き先が決まっていないお客さまを対応することも多かったが、ニーズを引き出しながら行き先や旅行スタイルの提案を続けた。やがて、1日に20〜30人の予約手配を行うまでになり、入社2年目には、社内の歴代集客記録を更新し、社長賞を獲得!
「当時、全国3000人の営業担当者の中でトップクラスの成績を入社2年目で出せるとはまったく思っていなかったので、目標以上の結果を出すことができやっぱりうれしかったですね。それに、社長賞をとったことがきっかけになり、当時の役員から『基幹システムを新しく立ち上げるプロジェクトで社内公募をしているから、チャレンジしてみたら?』と声をかけてもらえたんです」

入社3年目の当時、「営業とはまた違う道で経営について学びたい」と考えていたため、迷わずチャレンジすることに。面接を経た後、本社システム開発室に異動が決まり、新しいシステムの航空券・ツアー予約と記録管理の開発担当をすることになる。
「大きな費用と期間をかけ、会社全体の基幹システムを作りかえる一大プロジェクトでした。まずは会社の全部署の上長からヒアリングしながら意見をまとめることからスタートしましたが、部署ごとに意見の食い違いがあるため、全体の調整をすることがすごく大変で。そのうえ、僕はもともと文系でシステムのこともまるでわからない状態でしたから、システム用語や各部署の業務について必死で勉強する毎日。そこから、各部署の意見を聞いて調整を重ね、最終的にどういったものをつくるかという要件定義をしていきました。営業のように決まったルールの中で動く仕事とは違う難しさを味わいましたが、おかげで、会社の仕組みや、お金が流れる構造など、経営全体を理解することができましたね」

その後、設計・開発を手がける会社とやりとりし、システムの構築をスタート。大きなシステムの方針決定から画面の設定やボタンの仕様など、さまざまな案件に関して決めなければならず、プロジェクト開始から1年がたつころには、毎日が決断の連続だったという。
「『このシステムフローで業務に漏れがないか?』『これでこの業務は効率化になるのか?』など、日々苦悩しながら自分で決断を下さなければいけない毎日でとても不安でしたが、やがて完璧を追い求めたらどこまでもきりがないと気づき、『ここまでやればイケるはず!』という踏ん切りをつけられるようになりました」

簾藤さんは現場でヒアリングを続け、時には現場に張り付きながらどんなことが必要かをチェックした。自らシステム操作も行い、最終的に「自分が使いやすいかどうか」を判断基準にした。
「プロジェクト開始から3年後、ようやくシステムが完成しました! が、何事においても、100パーセント完璧な準備などできるはずがないと思っていたので、動き出す瞬間には、達成感よりも『誤作動はないか』『料金に間違いはないか』など、不安の方が大きかったですね。案の定、システムが動きだした直後には現場スタッフから電話がたくさん入りました。でも、ひとつずつ問題を解決していくたびに『このシステム、いいんじゃないの』という声を聞くことができ、ひと安心しましたよ(笑)」

この後、簾藤さんは全国各地の支店はもちろん、海外の支店でもシステムについての研修・指導を行いながら、問題点を見つけては解消のために奔走する日々を送る。
「一週間ごとに各地を飛び回りながら、システムの研修と改善を実施しました。この瞬間も現場は動き続けているので、とにかくシステムを止めないために必死でしたね。プレッシャーは大きかったし、肉体的にもハードな毎日でしたが、『プロジェクトを成功させるため、絶対にやり遂げる!』という思いの方が大きかった。ようやく達成感を感じることができたのは、このシステムについて学ぶ新入社員研修を見た時。自分の手がけた仕事が多くの社員に広まっているんだと感じて、すごくうれしかったですね!」


■苦戦のバンコク支店に赴任し、過去最高の黒字に転化。その後、海外プロジェクトのリーダーに

簾藤さんが新たな転機を迎えたのは入社9年目のこと。タイのバンコク支店への赴任が決定したのだ。
「役員から『簾藤、バンコクは好きか?』と聞かれ、何気なく『はい』と答えたら、1カ月後にバンコクに向かうことになり、驚きましたよ(笑)。バンコク支店は当時、発展めまぐるしいアジアの支店の中では業績が芳しくなく、苦戦している支店だったので、それを大きく改善するのが僕のミッションでした。海外のことをもっと知りたかったので、これはチャンスだと思いましたね」

赴任当初の1年間はタイ語を学びながら観光名所やホテルを自分の足で回り、現地の人脈を広げていった。2年目からは料金体系の全面的な見直しをはかり、宿泊施設の仕入れ、日本との料金交渉、ツアーのつくり方、請求書の作り方まで、現地スタッフと細かく話し合いながらすべての仕組みを変えていったという。
「一般的に、海外に支店を持たない旅行会社は、現地でのサービス部分を海外にある手配・サービス会社に委託するケースが多いのですが、エイチ・アイ・エスは海外のサービス部分もエイチ・アイ・エスの海外拠点が直接行い、自社のスタッフで運営しています。私の赴任当時、タイは津波やクーデター、空港閉鎖などの大きな事件が毎年起こり、多くの旅行会社はツアー催行を危ぶんでいました。そんな中、僕たちは現地の生の情報を集めて安全性を確認し、本社と協議しツアーの催行をできるかぎり続行。また、同時にタイはホテルやリゾートのオープンラッシュの時期でもあったので、新しいホテルの開拓のための視察を続け、現地で評判の高い施設を探していきました。おかげで、独自の視点で新しいツアーを素早く商品化することができましたね」

また、簾藤さんはスタッフに利益を還元する仕組みづくりも考え、現地スタッフの士気を高める努力も続けた。赴任した当時は、折しもタイバーツの高騰と円安が重なる難しい時期でもあったが、逆境の中、バンコク支店は過去最高の売り上げをたたき出していく。
「現地のスタッフに対して日本と同じような感覚で指示・指導をするとすぐに反発されて会社に来なくなってしまうケースもあるので、ハートをつかむためにどうすればいいのかを考えました。利益を還元することはもちろん、トラブルがあれば、自分が前面に出て解決するなどの努力も続けた結果、みんながついてきてくれるようになりました。『簾藤さんは、やったぶんだけのことを返してくれる』という信頼感を持ってくれたことで、スタッフみんなが積極的に動くようになり、それが過去最高益の原動力になったと感じます」

海外赴任から4年後、簾藤さんは再び日本に戻り、新規案件の開発をミッションとする本社営業戦略室に配属される。簾藤さんは、地域限定の実験的なプロジェクトを手がけた後、海外プロジェクトのチームを立ち上げることになる。
「日本では知名度の高い当社も、僕が赴任したタイの現地では『エイチ・アイ・エスって何の会社?』という状況でした。エイチ・アイ・エスをグローバルカンパニーにするためにはもっと現地の人に知ってもらい、利用してもらう必要があると考えたんです。それには今まで各国で日本人の受け入れをメインに行ってきた海外支店の業務に加えて、現地の人を世界各地への旅行へ送り出すアウトバウンド事業(現地在住のお客さまの海外旅行)に力を入れるという結論に至りました」

新たなビジネスモデルを実現するため、この部署は海外営業本部として本格的に始動することに。当時の海外74拠点から、現在、94都市、119拠点にまで拡大。5年以内に500拠点を目指すという。簾藤さんはアジア・中国エリアを本社で管轄するリーダーとして、世界各地を飛び回っている。
「現地の視察や拠点エリアの検討、店頭での販売システムづくり、現地スタッフの採用、教育・研修の方法、さらには現地の旅行会社やホテルのM&A検討など、さまざまな業務を手がけています。世界各地では国民性や商習慣が異なるため、それをくみながらビジネスを展開していく苦労はあります。が、ニュースで取り上げられる世界の動きと事業展開をリンクさせながら戦略を考えていくことが面白いですね。報道を通じて見るような世界情勢を肌で実感し、そこにかかわるビジネスを今まさに自分が手がけている。こんな経験、普通ならできませんよ! 世界を相手に自分の腕を振るうやりがいを感じますね」

近い将来の目標は、「エイチ・アイ・エスをアジアでナンバー1にすること」と語る。
「この会社には『思いついたら、まずやってみよう!』の精神があります。年齢も経験分野も関係なく、任せてもらえる醍醐味がある。大きな案件をどーんと預けられ、あとは自分で考えてどんどん実行していくことができますね! これほどまでに、やりたいことに挑戦させてくれる会社はないと思います。まずはアジアのナンバー1を目指し、やがては世界ナンバー1の旅行会社へと押し上げる。そのためにも、世界をつなぐ新たなビジネスの可能性にチャレンジし続けていきます」