TBS「女の波乱万丈人生SP プロ野球選手の妻たち」(19日放送)では、長きに渡り埼玉西武ライオンズの主軸として活躍しながらも、昨年戦力外通告を受け、現在はイタリアの野球リーグに身を置く、G.G.佐藤と、その妻・真由子さんを特集した。

見た目が「爺くさい」という理由から、G.G.(ジージー)という愛称がついた佐藤は、日本球界でも屈指の人気選手として知られた。しかし、2008年の北京五輪で日本代表として出場すると、その野球人生が大きく狂い始めてしまう。

2008年8月22日に行われた韓国との準決勝に臨んだ日本代表は、2-0とリードをするも、佐藤のエラーから逆転を許し、続く8回裏にはレフトフライを落球。韓国に追加点を与え、そのまま敗れた。

ダルビッシュ有、田中将大を擁し、金メダル獲得の期待が高かった分、日本中からバッシングを浴びることとなった佐藤。当時を振り返ると、「これはとんでもないことをやっちゃった、現実なんだこれがっていうのを突きつけられた」「覚えてない。本当に記憶がないですね。真っ白になってたんですかね。どうやってベンチに帰ったかも、どこに座ったかも全く覚えていないですね」「自分のエラーで、僕のせいで負けたって思ったんで。なんでだって自分を責めていたと思います」と語り、妻・真由子さんも「ただ一言"死にたい"っていうメールがきて、自殺しちゃうんじゃないかと思って」と明かした。

さらに、韓国戦でのエラーが尾を引く佐藤は、銅メダルを懸けたアメリカ戦でも、レフトフライを落球。日本代表は逆転負けで、4位で五輪を終える結果となった。

帰国後も、精神的ショックを引きずった佐藤。すると、真由子さんは「彼の受けたショックに、返す言葉がないなんて、私は野球選手の妻だっていえないなって。彼の精神的なものも心配でしたし、せめて元の状態に戻してあげるために、自分はいると思った。そのためのサポートはできる限りはなんでもしようと思っていました」と思うようになったという。

その後、2010年以降、度重なるケガにより出場機会が減ると、昨年戦力外通告を受けた佐藤だったが、今年7月からは、イタリアのフォルティチュード・ボローニャ1953と契約に至る。

野球の栄えていない異国の地で迎えた新たな挑戦となったが、佐藤は
番組のカメラに対し、「戦力外になって、今後の野球人生も考えたんですけど、ここまで長く続けてきた野球に嫌いなまま終わるのは失礼だと。野球ありがとう、最高だったよっていうふうに区切りをつけたかった」と前向きに語った。