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しゃべらない若手が増えている。時代の風潮という見方もあるが、若手が異なる世代との接触の機会を失っているという構造的な問題であると筆者は見る。過去40年の婚姻の傾向からそれを検証する。

■「薄く輪切りにされた世代」で集まる若者

最近の若者は、クラスの中でもおとなしいといわれる。自分から何かをしゃべるということをしない。同世代の仲間うちではともかく、先輩など世代がちょっと離れると、途端にしゃべらなくなる。そんな話をよく耳にする。

私が学長を務める流通科学大学のあるクラブで、先生が気を利かせて1年から4年の世代のあいだでの対話を促そうと討議する時間を設けた。だが、案に相違して、学生たちは意識的に学年間の接触を避け、学年別々に集まって討議を行ったという。

先輩ともあまりしゃべらないくらいだから、さらに年の離れた先生としゃべるとなるともっと難しいことになる。どこの大学の先生も、クラスで学生たちがうまく交流ができるよういろいろと工夫される。ひと昔前の先生ならこうはいかないだろう。今の大学の先生はやさしいのだ。

若者のこうした傾向に対して、「若者がしゃべらないのは、たまたま時代の風潮。世の中の気分が変わればまた変わる」とか、「ゆとり教育世代がそうなんで、世代が変われば」という意見もあろう。しかし、そうだろうか。かなり構造的な流れに思える。

すなわち、今の若者たちは、「薄く輪切りにされた世代ごと」に集まるようになっていて、その結果として、上下の異世代との接触を失い、その結果、世代が少し違うと途端にしゃべらない傾向が出てくる、のではないだろうか。そのあたりの話を、少しデータを使いながら問題提起をしてみよう。

いわば1年ごとに薄く輪切りにされた世代の存在を知るために、婚姻の傾向を調べるのが一つの方法だ。どれくらい世代が離れた人と結婚するかは、若者の付き合う世代の広がりを示す。

図(1)は、わが国における結婚した男女の年齢差を調べた結果である。この図のベースとなったデータは、厚労省の人口動態統計である。

この図は、初婚夫婦の年齢差ごとの婚姻件数を経年(1970年→95年→2010年)で、示す。ここから、いくつかの興味深い特徴を指摘できる。(1)現在(10年時点)では、年齢差の小さい者同士の婚姻が多い。一番多いのは、夫妻同年齢の婚姻。ついで、夫1歳上や夫2歳上が続く。(2)しかし、今から40年前の70年においては、夫3歳上の婚姻が一番多い。同年齢婚姻は、夫2歳上・4歳上・1歳上・5歳上、そして夫7歳以上の婚姻より少ない。この40年の間に、他の年齢差に比べて、同年齢婚姻の割合が大きく増えた。(3)その半面だが、夫が3歳上から4歳上・5歳上・6歳上、そして7歳上以上の婚姻は、同じこの40年間の間に激減する。

■なぜ「夫妻同年齢婚」は40年で倍増したか

細かく変化を見たのが図(2)だ。

70年から10年の同じ期間、10年ないしは5年ごとの婚姻年齢差別の割合の推移だ。(1)同じ傾向だが、この70年には、夫年上の婚姻件数が全婚姻の約80%を占めていたが、10年では、約56%と大きく割合を減らしている。(2)「同年齢の婚姻件数」は、70年に約10%だったものが、10年では約20%と割合では倍に増えている。(3)もっと割合が増しているのは、「妻年上の婚姻件数」である。それは、70年には約10%でしかなかったのに、10年では約23%と倍以上の割合になっている。(4)95〜00年あたりで、夫年上婚姻件数の低下傾向は終わりを迎え、その後10年においては比較的安定した傾向が続いている。

同世代ないしは1歳か2歳違いの、年齢差の小さい男女の婚姻割合は、この40年の間に大きく増えた。これが、今回取り上げたい発見である。

それが増えた理由には、いろいろなことが考えられる。その一つに、「見合い結婚」が減って「恋愛結婚」が増えてきたことがありそうだ。別の標本統計資料だが、65年前後に見合い結婚件数と恋愛結婚件数がクロスする(第13回出生動向基本調査)。それ以降、見合い結婚件数は減って、05年では全婚姻件数の6.4%にまで落ちる。

これまでのわが国において、異世代をつなぐ婚姻を促した要因として見合い結婚が重要であったことは疑いない。見合い結婚がほぼなくなり、異世代間婚姻の機会が減り、結果として異世代婚姻が減ったというのはわかりやすい。同じ類推でいうと、妻年上婚姻件数が増えるのも、恋愛結婚が増えるとともに、「夫が何歳か年上というのがふつうだ」という見合い結婚には浸透していた伝統的な規範が消えたからということになりそうだ。

見合い結婚件数の激減と夫年上婚姻件数の激減とは、軌を一にすることは確かだ。だがしかし、同世代婚姻件数が増えた理由を、見合い結婚の激減に求めてよいかどうかは少し慎重に考えたい。

というのは、異世代婚姻の減少は、わが国だけに起こっているのではなく、実は(見合い結婚の文化がないはずの)アメリカでも起こっているからだ。詳細な議論は省くが、その点は、ハワード・P. チュダコフ『年齢意識の社会学』(法政大学出版局、94年)に詳しく述べられている。先進国共通の現実とした場合、見合い結婚制度というわが国固有の制度に理由を求めるわけにはいかない。

第二に、異世代をつなぐ見合い結婚という制度の背景に、異世代を横断し連結する「コミュニティ」がそもそも存在していたということがありそうだ。世話好きのおばさんが昔はたくさんいたというだけで見合い結婚が成立するわけではない。おばさんたちが活躍できる場がそもそもあったということが大事だろう。

少しややこしい話になったが、簡単に結論を要約しておこう。

「異世代を横断するコミュニティ」。その影が薄くなり、「薄く輪切りにされた世代」が、それぞれ孤立して存在しているという現実がありそうだ。それが、婚姻件数構成割合の変化に如実に表れる。そして、その流れと軌を一にするように、「無意識のうちに、異世代との接触を忌避する」習性を、現在の若者たちに与える。それが、「(異世代と)しゃべらない若者」を生む。ちょっと「風が吹けば桶屋が儲かる」式の話になったが、そうした現代の若者の習性は、たまたまの現実ではなく、社会構造の変化に根差した構造的な趨勢ではないか。これが今回のひとまずの結論になる。

(流通科学大学学長 石井淳蔵=文)