ビデオ「ビヨンセがファーストレディー、ミシェル・オバマにあてた手紙」より。これをネガネガ合戦が続く米大統領戦の中の「一服の清涼剤」とみるのは早とちり、かも。 Photo:YouTube

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大統領の就任式で歌ったり、ミシェル夫人が発起した子供の肥満撲滅キャンペーンに一役かったりと、ビヨンセとミシェル夫人はいわゆる「公然の仲」のBFF。ビヨンセが以前、ブログにのせたミシェル夫人への「感謝の手紙」をビデオにして発表した。今さらとも言えるラブレター朗読はなぜ?

16日、オバマ大統領再選キャンペーンは究極の秘密(でもない)兵器を出してきた。「ビヨンセがファーストレディー、ミシェル・オバマにあてた手紙」というビデオである。これは絶妙なタイミング... かも知れない。その心とは。

選挙は11月のはずなのだが、大統領選はすでにヒートアップし過ぎている。(現に米国在住の筆者は早朝、『今日投票するとしたらどちらの候補に投票しますか!?』というアンケート電話に叩き起こされた。大統領選中は、目覚ましはいらない。)

毎日のニュースは、どちらの陣営が今日はどんな風に相手側を侮辱したかを報道することに徹している。昨日は「オバマ側がロムニー候補を"文句タラタラマン(=whiner)"と呼んだ」というのがニュースで、それに応え今日は、ロムニー氏を支持するジョン・スヌヌ元ニューハンプシャー州知事が、「ハワイやインドネシアで育ったオバマ大統領は、(経済政策に関し)アメリカ人になる術を学ぶべきだ(="learn how to be an American")」などと言って、保守派の味方にさえ、言い過ぎだったと取り沙汰されている。(彼は後に、その発言については謝罪した。)

要するに、昨日相手側が投げてきた侮辱パンチを、それよりインパクトのあるお返し発言パンチで隠す、消すゲームなのだ。的外れでも、インパクトさえあればロムニー候補が「文句タラタラマン」と言われたことの印象は薄くなる。ちょっとクレイジーなことを言ったのもわざとかも知れない。

こんな泥沼状態は、見ていて気持ちのいいものではない。若者や、気移りしやすい中立派は政治に絶望感を感じるかも知れない。そこで登場するのがビヨンセなのだ。

"A breath of fresh air"というイディオムがある。「気分を一新してくれるもの、一服の清涼剤」というような比喩だ。誰も見たくなくなった泥仕合の中で、オバマ陣営がビヨンセのビデオに望むものは、この空気清涼剤効果、"breath of fresh air"!大統領は非難の対象になるが、ミシェル夫人は候補ではないので攻撃しにくい、しかしイメージキャンペーンの一部であることは確か。普段あまり非の打ちどころがない彼女にあて、ビヨンセがキラキラしたちょっとあどけない大きな目で「感謝の手紙」を読むのに、文句をつけられる人がどこにいるだろうか。

そして、手紙の内容自体がなんだか中学生高校生(?)が書くような文章なので、純粋でかわいらしく、さらに文句が言えない。

こちらがその感謝の手紙と、それを朗読、プロデュースしたビデオ。
「ミシェル、

 は、真に強いアフリカ系アメリカ人女性の究極のお手本だと思います。
 思いやりのある母親で、愛情あふれる妻で、そして同時に、
 ファーストレディーなんですから!!!!
 
 (ミシェルは、)どんなプレッシャーがあっても、
 公衆の視線にさらされるストレスがあっても、
 謙虚で、愛情があって、誠意があります。
 
 (ミシェルは、)自分の家族を築き育むと同時に、
 すごく沢山の何千万人もの人のことを、
 いろいろな形で気にかけてくれています。

 ミシェル、あなたが私達のためにしてくれていること、
 全てのことに対して、どうもありがとうございます。
 あなたのように見習える人がいてくれる世界で
 娘を育てることが出来て、誇りに思います。

 愛をこめて、
 ビヨンセ」

相手に対してネガティブなコメントばかりが渦巻く中で、肯定的なことしか書いていないこの手紙。ビヨンセがセレブであるという以外には、(そしてオバマ陣営がこんな手段に出たという事実以外は)批判できる人物は少ないだろう。激しくネガネガ合戦をしている者達は混乱してしまうかも知れない。あまりにピュアなメッセージに何が起こったか分からず、「は?」となっていることだろう。

よく時代劇で、忍者がドロンと消えるときに火薬玉を使って相手を煙にまくが、ビヨンセの手紙はその火薬玉のようなもの。パンチの代わりにオバマ陣営が放った、非常に巧みな武器だ。(日本好きのことだけある!?)
真似して、ロムニー氏が誰かカントリーミュージックのシンガーあたりに白羽の矢を立てる日が待ち遠しいが、ビヨンセを超える武器を見つけるのは難しいと思われる。