第147回直木賞候補作の5作品が発表になりました。そのなかで「デビュー作にして候補作」として話題になっているのが、1979年生まれの作家、宮内悠介氏の『盤上の夜』です。表題作を含む短編集ですが、ベテラン勢が直木賞候補作に選ばれることの多い昨今、まっさらな状態で躍り出た新人に注目が集まっています。また、SF作品が選ばれるのは困難といわれる直木賞でのノミネート。奮闘が期待されます。

 囲碁をはじめとするチェッカー、麻雀、古代チェス、将棋という卓上競技をめぐる短編6作が収録されています。表題作の『盤上の夜』が第1回創元SF短編賞山田正紀賞を受賞しているため、SFのイメージが強いのですが、一読してみると、SFの枠にとらわれる必要がまったくないことがわかります。芥川賞の選考委員でもある小川洋子氏がチェスを題材に描いた『猫を抱いて象と泳ぐ』や、異能の数学者を描いた『博士の愛した数式』にも通じる、純文学的要素も高い作品です。

 『盤上の夜』は、あるジャーナリストが伝説の女流棋士灰原由宇の謎めいた人生を追うという形で語られます。冒頭から、由宇の行方が知れないこと、由宇の未来があまりよいものではないことが予想されます。さらに彼女が若くして異国で四肢を失い、その過酷な運命から逃れるために囲碁の世界に入ったという過去が明らかにされていきます。

 インタビューに答える形で語るのは、由宇の手となり碁石を動かし、生活の介助をしてきた相田淳一九段。自身も棋士ですが、盤上の「殺し屋」といわれたほどのキャリアを投げうち、由宇の才能に人生のすべてをかけた男です。盤上の碁石の動きを自分の痛みとして感じてしまい、鬼気迫る形相になる由宇と、彼女の汗をかいがいしくハンカチで拭く相田......。碁という勝負の世界を通して、人間の痛みや喜びがダイレクトに伝わってくる、グロテスクで美しい作品といえるでしょう。
 
 悲痛を感じて初めて見える世界。ほか5編も、題材となっている卓上のゲームに人生の縮図を見ることができます。そして、そこには果てしない宇宙がある。そんな思いを抱かせる作品です。



『盤上の夜 (創元日本SF叢書)』
 著者:宮内 悠介
 出版社:東京創元社
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