女子アナが読む青春野球小説の世界とは?

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 高校野球小説として多くの読者を感動させた『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』の著者・岩崎夏海氏が執筆したもう1つの高校野球小説がある。それが『エースの系譜』(講談社/刊)だ。
 『エースの系譜』は硬式野球部がなかった高校が野球部を立ち上げ、そして甲子園への切符を勝ち取るまでの10年間を追い続ける青春小説だが、台詞が少なく、淡々とストーリーが進むという構成は異例の作品ともいえる。そして7月、この『エースの系譜』がテレビ東京の女性アナウンサー3人(森本智子さん、大橋未歩さん、水原恵理さん)起用のもと、オーディオブック化された。
 どうして『エースの系譜』を執筆したのか、そしてどうしてオーディオブック化にテレビ東京の女性アナウンサーを起用したのか。岩崎さんにお話を聞いた。今回はその前編をお伝えする。(聞き手:金井元貴)

■女性アナウンサーの朗読は非常に素晴らしかった

―まずは『エースの系譜』という小説についてお話をうかがっていきたいのですが、この小説を執筆されるきっかけはどのようなものだったのでしょうか。

「この『エースの系譜』は僕が29歳のときに書いた小説なのですが、その頃、離婚や仕事の行き詰りなどがあって人生の岐路に立たされていたんです。そこで自分の生き方を見つめ直して、どうやって生きていこうと考えたときに、自分のやりたいことをやるべきだと決心したんですよ。
そのやりたいことっていうのが小説を書くことで、そもそも20歳のときにガルシア=マルケスという南米の作家の『百年の孤独』という小説を読んだときに痛く感動してね、僕は死ぬまでにこの『百年の孤独』に匹敵するような面白いものをつくってみたいと思ったんですよ。そのとき、20歳の決心を思い出して、よし、これから自分のやりたいことをやって生きるために『百年の孤独』のような小説を書こうと思って書き始めました」

―小説を書いたことは、それまでに一度もなかったんですか?

「なかったんですよね。だから、正直どう書いていいのか分からなくて、『百年の孤独』のパスティーシュ(模倣)じゃないですけど、その構成に則った作品にしようと思いました。あと、『Number』というスポーツ雑誌がありますが、当時『Number』の新人賞(「Numberスポーツノンフィクション新人賞」)というのがありまして、『Number』のスポーツライターが書くような文体に魅力を感じていたので、まずは習作というか、練習のつもりで『百年の孤独』の構成に則った作品をその新人賞に応募するようなつもりで書こうと思ったんです。
それで、僕は茨城県つくば市にある茗溪学園という高校に通っていたのですが、そこには硬式野球部がなくて、それまでの夢だった甲子園の道が閉ざされてしまったんですね。だから当時、茗溪学園に硬式野球部があったらという妄想をずっとしていたんです。部を作り上げるところから甲子園まで行き着くのに、少なく見積もって10年はかかるだろう、その10年は…というような感じで。
この『エースの系譜』はそのときの妄想を文章化したもので、監督が10年間、孤独にさいなまれながら、茗溪学園野球部の監督として戦い続ける物語なんですよね。もともと「Numberスポーツノンフィクション新人賞」の応募規定が原稿60枚までだったので、10年の歴史を60枚でまとめる予定だったのですが、書き始めてびっくりしたのが、最初の1年間で60枚を超えてしまったんです」

―10年間を60枚にまとめるということ自体がかなり難しいですよね。

「難しかったですよ。だから、このまま書き続けようと思って書き続けていったら、最終的には640枚くらいになっていましたね」

―以前から岩崎さんが影響を受けた本として『百年の孤独』を挙げられていたことは存じ上げておりましたが、構成の部分を含めて意識されたことはこの本を読む中で感じました。

「小説や物語の原点には叙事詩があります。古くはギリシャの詩人ホメロスが作った『オデュッセイア』と『イーリアス』という2つの叙事詩が物語の原点とされていますが、この2つはどちらも歴史書なんです。歴史書から小説などに枝分かれしていったという文学史を振り返って、僕はこうした歴史書みたいな物語を書こうとずっと思っていました」

―『エースの系譜』の読みどころは、そういった部分にもあると思います。つまり、時代を追いながらどんどん登場人物が変わっていく。また、変わりつつも、野球部が成長していくということですね。

「そうなんです。10年間通しで出ている人物として、続(つづき)という監督がいますが、必ずしもその人物は表に出てこないんですよね。主役は生徒たちであり、エースなんですよ。でも高校は3年間しかいれませんから、どんどんその主役が交代していく。その点は面白いなと思いますよね」

―ここからは『エースの系譜』オーディオブック版についてお話をうかがいたいと思います。前作の『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』(以下『もしドラ』)のオーディオブック化の際にお話を聞かせていただいたとき、執筆時から朗読されることを意識していたとおっしゃっていましたが、今回の『エースの系譜』の演出を担当する際に、『もしドラ』と比較してどのようなことを重視されていましたか?

「これは『エースの系譜』の特徴なのですが、台詞がほとんど出てこないんです。書いているときから、なんなら台詞はいらないと思ったくらいに、極端に台詞を使わなかったのですが、その点から『もしドラ』と逆のテイストなんですよね。語り部たる詩人が叙事詩を民衆の前で語るという、そういった雰囲気になるように意識はしました」

―今作はオーディオブックの読み手として、テレビ東京の女性アナウンサーの方々を起用されていらっしゃいます。これは非常に驚いたのですが、テレビ東京の女性アナウンサーの皆さんを語り部として起用されたのはどうしてなのでしょうか?

「ちょうど『もしドラ』が売れ始めた頃に、テレビ東京の『ワールドビジネスサテライト』という番組の「スミスの本棚」というコーナーに出演させていただいたことがあって、そこで人生の一冊として『ハックルベリーフィンの冒険』を紹介させていただいたんです。
そのとき、聞き手役だったテレビ東京の森本智子アナウンサーがその場で僕の持っていった本を朗読して下さったのですが、それが非常に素晴らしくて、感動したんですね。以前から森本さんはテレビなどで拝見していましたが、朗読を聴くのは初めてで、もし自分の本をオーディオブックにさせていただく機会があれば、森本さんにお願いしたいな、と。そのときすでに『もしドラ』のオーディオブック化の話は進んでいたので、次の機会にオファーしようと思っていました」

―他に大橋未歩アナ、水原恵理アナを起用されていますが、非常に豪華だなと思いました。

「豪華ですよね。でも、逆にいえばかなり緊張しましたよ(笑)。一流の方と一緒に仕事させていただけるわけですから。小説家は自分の作品を朗読してもらうことがこの上ない喜びだと思うんですよね。自分の作品に生命を吹き込んでもらえるような、生き生きと物語が立ち上がる感覚を受けるんです。その吹き込むところを、間近で聞かせていただけたのは、作家冥利に尽きましたね」

(後編に続く)

■オーディオブック版『エースの系譜』特設ページはこちらから!
http://www.febe.jp/documents/special/ace/index.html