左手の薬指にチラリと見える婚約指輪 ロイター/アフロ

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第18回サラエボ映画祭に出席するため、7日ボスニアに降り立ったアンジェリーナ・ジョリー。ここで光っていたのは、監督として「サラエボ名誉市民賞」を受賞したアンジー本人だけでなく、公式の場で初めてはめた婚約指輪!でもそれをここで初めて身につけたのはなぜ?


お値段50万ドル(約4千万円)と言われる噂の婚約指輪は、先日お伝えしたようにブラッド・ピットがジュエリー・デザイナーのロバート・プロコップとコラボしてデザインを考え、1年もの時間をかけて作られた特別なもの。プライベートでは時々見られたものの、婚約を発表してから初めて、アンジェリーナがその指輪をして公式の場に登場した。

ブラッドが1年かけてデザインした指輪。それにふさわしいステージは?

なぜアメリカやカンヌでなくサラエボでデビューなのか。サラエボという場所が、そしてこのイベントが彼女にとってどれだけ意味深いものなのか、最近のインタビューを見ると分かる。

アンジェリーナがサラエボ映画祭に出品したのは、初監督作『In the Land of Blood and Honey』(原題)。脚本・プロデュースも自ら手がけた。舞台は、1990年代のボスニア・ヘルツェゴビナ紛争中のボスニア。日常的に性的な拷問が横行していた収容所の管理人になってしまったセルビア人の男性と、紛争の被害者である、ボスニア人のイスラム教徒女性との恋愛を描く、ショッキングなラブストーリー。その過程には、想像を絶する政治的、人権的至難が待ち受けている。

アンジェリーナは以前この映画をサラエボで試上映し、作品に対するボスニアの観客のリアクションについて、<Huffington Post>のインタビューに応じこう語っていた。「サラエボで過ごした数週間は、今まで生きてきた中で一番特別で、心をつき動かされる経験でした。」

Huffington Post: ボスニアで、『In the Land of Blood and Honey』に対する観客の反応はどうでしたか?(現地の)人々にとって非常に重要な問題を、有名人が取り上げたことに対して。

「上映したのはもともと(1984年)オリンピックのために建設された、6,000人を収容できるホール(Olympic Hall Zetra)だったのですが、そこは人々にとって、紛争の直前にはどんな国だったか... 良いことの象徴とも言えるような場所だったんです。それが、紛争中には遺体が埋められる場所になった。体験全てが感情的でした。映画に出た者の中には、紛争後初めての帰国(※)という人も多くおり、生まれ育った場所で、作った映画を正しく受けとめてもらえるかどうか分からず(不安でした)。」(※この映画には、実際の紛争の被害者が多数出演している。)

上映が終わった時点で、観客の反応はどんなものでしたか。

「(制作関係者は)みんなでステージのすそに立ち、ドキドキしながらお互いの手を握って、終わるのを待っていました。誰か叫んだり、物を投げたりするんじゃないか、舞台の上では安全だろうかと心配したりしながら。」(訳注:映画中には暴力的な性描写があるため、紛争被害者の体験をここまであからさまに綴っていいものかという懸念があった。)

「そうしたら、(映画が終わって)観客が全員立ち上がりました。(訳注:スタンディングオベーションだった。)ものすごく感動して、みんな泣きました。映画だったってことを忘れるくらいに。その瞬間映画のことはどうでも良くなって、ただベストを尽くしたんだって感じました。みんな、頑張ったから。(出演した者は)小さなことを許し、(紛争の)全体像を見ようとした、そしてその全体像が観客を動かしたようだったんです。観客はそれを受け止めて、受け入れてくれました。それから朝の3時まで起きていて、沢山の紛争の被害者の方と話をし、いっぱい泣いていっぱいハグしました。」

そして、「セレブ」と呼ばれる有名な人々は、何か社会問題に関心を集めようとする時、より大きな責任があると思うか、という問いに対して、「セレブが言うことは単に声高に聞こえることはあるけれど、人間として、社会全体がシェアすべき責任だと思います。」と答えた。「今私達は、とても興味深い時代に生きています。 人々が以前よりも世界中を旅行して、様々な場所での出来事を認識しています。」

「若い人達は、(政治や社会の問題に)以前より積極的に関与しています。すべての人に、そうする責任があります。お金があるからとか、有名だからとか、そうしたくくり方では私はあまり考えません。ブラッドと私は幸運なことに成功してきて、撮ったものに多少注目してもらえたり、経済的に蓄えて、(必要としている)人々やプログラムをサポートすることが出来る、それは確かです。とても、とても幸運だと思っています(が特別だとは思っていません)。」と、アンジェリーナはインタビューを締めくくった。

アンジェリーナがサラエボ市の名誉市民に

サラエボ市当局は、アンジェリーナがこの映画でボスニア・ヘルツェゴビナ紛争の真実を世に広めたなどとして、サラエボ名誉市民の称号の授与を決めていた。受賞にあたってアンジェリーナは、「ボスニアで過ごした時間、そして出会った人々は私という人間を永遠に変えました。私の心にとって本当に大切な場所、サラエボの名誉市民にしていただけるということが、私にとってどれだけ大きな意味を持つか、言い尽くせません。」と感謝の言葉を述べた。

「(この映画を監督するということは)これまでしてきた中で、最も難しい仕事でした。(紛争を)実際に経験した方々に対して、深い尊敬の念があったからです。ここでした経験はとても特別なもので、人々との絆を感じました。」とも受賞スピーチで語ったアンジェリーナ。試写会の後の体験をさして言ったのだろう。

アンジェリーナはそのセクシーな見かけによらず、頭で先に考えるタイプの女優。彼女のとる行動には、たいてい意味がある。脚本・プロデュース・監督をつとめた、思い入れがある、というだけでは言い切れない映画が、その物語の舞台になったボスニアの映画祭で上映され、サラエボ市にも感謝される。アメリカやカンヌではなく、こんな意味深い場で、意味深い婚約指輪をデビューさせたのは、おそらく偶然ではない。

記事元:HuffPost (1)、