ホットケーキに賭けた男、のお話。(前編)

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まず私はお詫びがしたいのです。
次はプリンの記事を、といいながら、まだプリンの取材へ行けていないこと。よって、プリンの記事は次回以降に持ち越しということ。ごめんなさい。
もう数カ月も前から、そのことが気がかりでしたが、沈黙…という現状を打破すべく、喫茶店の記事を更新いたします。
今回、後編の記事の最後では、新刊のお知らせもさせていただきます。
みなさま、よろしければ最後まで、お付き合いください。
今回はプリンに代わって、ホットケーキに情熱を注いだ店主のお話。

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ピノキオは、子どもの頃絵本で見て誰もが憧れたような分厚いホットケーキを出すことで知られる喫茶店。甘い香りが漂ってきそうな、おいしそうなホットケーキ。分厚いホットケーキを出す店は他にもあるが、多くは型に流し込んで厚さを出しているため、側面が削り取られている。この店は型を使わずにその厚さを出すため、どこから見てもなめらか。
店は東武東上線大山駅、都営地下鉄板橋区役所駅それぞれから歩いて8分くらいの場所にある。大山駅付近には東武東上線随一のアーケード型商店街がありその賑わいは有名だが、店はそこから大きく外れた住宅地の中。
週末来るお客さんの8割から9割はホットケーキを注文する。




店の主は塩谷さん夫婦。昭和49年、結婚と同じ年に店を開いた。
オープン当初、店にホットケーキのメニューはなかった。店の周辺には小さな会社が案外いくつもあって、その近辺でお昼を食べられる場所がなかったこともあり、二十年余、完全地域密着型の店として賑わった。しかし時代の変化とともに不景気の煽りを受け、じわじわと周辺の会社は減り始めていた。このままではまずいという気持ちを塩谷さんは持っていた。
この店がホットケーキで有名になっていくにはいくつもの幸運があった。



今から15年ほど前のある日。いつも顔を見せに小学校の帰りに立ち寄っていた女の子が、どういうわけか塩谷さんにホットケーキを作ってほしいと頼んだ。銅板はトーストを焼くために開店から店にあり、塩谷さんは店を開く前に働いていた喫茶店でホットケーキも焼いていたため銅板での焼き方を知っていた。いいよじゃあといって近所のスーパーでホットケーキミックスを買ってきて、その子に焼いてあげた。それをたまたまカウンターに座って見ていたのが、常連客だった手品師のマギー司郎さん。僕も食べたいと言って食べた。それから、マギーさんはよくホットケーキを頼んだが、メニューにはなかった。そのときの塩谷さんのホットケーキは今よりもずっと薄い、いわゆる家庭のホットケーキと同じようなものだった。
あるとき、マギーさんに「今度テレビに出てホットケーキを焼いてくれないか」と頼まれた。このテレビ紹介を皮切りに、少しずつ知られ、それを見たお客さんがやってきた。
塩谷さんはこういう。
「せっかく紹介してもらったんだから、頑張って『ああ、これは美味しい』っていうものを作れるようになったら、もしかしたらみんな色んなところから食べに来てくれるかも、新しいお客さんが増えるかもしれないって、少しの望みだと思ったの。自分の納得のいくものができるようになれば、って。
ホットケーキって、誰でも知ってる、誰でも作れる食べ物でしょ?だから、これは家でも作れないっていうものを作りたかった」


テレビで紹介されても、食べに来てくれる人が美味しいと思ってくれなければ、結局お客さんは増えない。そのことを塩谷さんはきちんとわかっていた。そして、近隣の会社が潰れてお客さんが減っていた状況で、新しいお客さんを増やす以外に生き残る道はなかった。
このときから、塩谷さんはどうしたら他の店にないホットケーキを作れるか、そのことばかり考えて、繰り返し繰り返しホットケーキを焼き試行錯誤を続けた。そして生地の固さを絶妙な具合にして、絵に描いたような分厚いホットケーキを焼けるようになったのだった。
現在も塩谷さんは自分のホットケーキがまだ美味しくなるのではないか、まだどこか改良点があるのではないか、そう思いながら毎日作っている。



「出したときにお客さんが喜んでくれる、これはすごい、このホットケーキは家ではできないねって言ってくれる、食べたときにああ美味しいって言ってくれた、その一瞬のためだけに作っているようなものです。とにかくね、10人来たら10人の人に美味しいって思ってもらいたいって気持ちでやってるから。本当にたかだかホットケーキなんだけどね。でもうちにとってみれば、これがあるからこそ色んな人とめぐりあえる訳だから」と塩谷さんは話す。


●コーヒーショップ ピノキオ 
板橋区大山金井町16-8
03-3974-9336
東武東上線大山駅/地下鉄板橋区役所駅より各徒歩8分
7:30〜19:00
第一・第三水曜日定休
ブレンドコーヒー350円
ティ350円
ホットケーキ450円


…後編へつづく

「手仕事」で夢をかなえる女性たち: ものづくりを生業にした24人の物語「手仕事」で夢をかなえる女性たち: ものづくりを生業にした24人の物語
著者:塩沢 槙
販売元:淡交社
(2012-03-15)
販売元:Amazon.co.jp
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少しみちくさ・喫茶店からは話がそれますが、2012年3月に拙著が発売となりました。
『「手仕事」で夢をかなえる女性たち -ものづくりを生業にした24人の物語-』(淡
交社刊)
本書は、私が数年前から取材をしたいと思っていたテーマのひとつであり、体裁は、モノの紹介の本です。写真たっぷり、文章も長めの本です。けれども、これはモノの紹介の本ではありません。
出てくる人々、それぞれの生き方、夢への近づき方の話。ひとつのことを続けるということは、どういうことなのか。
夢の形はさまざま、小さな夢も夢、大きな夢も夢。いろいろあって、人それぞれ。
夢は簡単に叶わないことがあります。そのことを、どう考えるか、を書いています。
私自身取材をし、話を聞きながら、ようし私もこれからがんばろう、という気持ちになりました。迷ったとき、苦しいとき、前進したいとき、やりたいことをやり続けるためのエネルギーが欲しいときに、少しでもお役に立てたら幸いです。

本の中では、登場するものが買える場所(お店など)の情報も載っています。
気になるものがあったら、町の散策ついでにお店に立ち寄って、という風にみちくさ(まちあるき)にも活用していただけば幸いです。
こじつけっぽくてすみません!