2011年7月、ロサンゼルス・NOKIAシアターでの公演

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以前紹介したデンマークの玩具会社レゴ社はユーザーとの共創を積極的に進めた(>>記事はこちら)。この取り組みは日本にもある。世界デビューも果たした「初音ミク」である。

■中国ではAKB48、EXILEより人気者

これまでユーザー・イノベーションというテーマで連載してきた。ユーザー・イノベーションの重要性や可能性の大きさを感じとってくれている読者は多いのではないだろうか。消費者イノベーションの長所を引き出すうえでカギになるものは何か教えてほしい。そう思う人がいるだろう。

消費者イノベーションを製品開発に組み込んで市場を活性化させる。その勘所を考えるにあたって参考になるのがクリプトン・フューチャー・メディア(代表取締役・伊藤博之、以下、クリプトン社)の先進的取り組みだ。

読者は「初音ミク」をご存じだろうか。「彼女」が歌う「Tell Your World」は、昨年12月から正月にかけて米グーグルが日本人向けにブラウザーをキャンペーンするCMのBGMとして使用され話題を呼んだ(>>YouTube)。同曲は今年1月18日に配信がスタートし、初日に米アップルが運営する音楽配信サイトの総合ランキングで1位を獲得した。

初音ミク人気は日本だけにとどまらない。すでに世界デビューしているのだ。昨年5月、米国でトヨタが初音ミクをカローラのCMキャラクターに採用した。また、同年7月にはロサンゼルスでコンサートを開き約5000人の観客を動員している。

中国でも彼女の活躍は目覚ましい。インターネットの音楽サイトで中国の若者に人気がある「QQ音楽」の総合ランキングで初音ミクの「葱歌(levan Polkka:フィンランドの伝統的民謡)」は中国人歌手の楽曲にまじり4位にランクされている(2011年4月)。つまり、中国で今、一番有名な「日本人歌手」はAKB48でもEXILEでもなく、初音ミクなのだ。

これほどの人気を得ている初音ミクだが本誌の主要ターゲットである読者には馴染みがないかもしれない。ネットで「初音ミク」を検索し動画で初めて「彼女」を見た人は驚くかもしれない。

実は初音ミクは「実在する人間」ではない。パソコンで歌を作る音声合成ソフトの商品名のことなのだ。

初音ミクを世に出したクリプトン社(1995年7月設立)は、もともとは、テレビ番組や映画、ゲーム向けに効果音などの音源を販売する会社だった。同社が持つ音源は100万種類を超え、効果音販売で現在、国内市場シェアの6割を占める。ただし効果音販売は専門家向けニッチ市場のため市場規模が小さく、せいぜい10万人のお客を対象とするものだった。

■なぜ音楽のプロは見向きもしないのにヒットを出せたか

ところが携帯電話がインターネット・サービスを開始したことをきっかけに、00年前後から着信音として着メロ、着音を購入する消費者が爆発的に増えた。そうした変化をクリプトン社は市場機会と捉え、着信音販売事業に進出する。それは同社が多様な音源をデータベースに持ち、少ないデータ量で良質の音を出す技術をすでに持っていたからだ。

結果は成功だった。サービス開始の最初の月から100万件のダウンロードを記録し、そこから着音、着メロ市場は同社にとって第二の事業の柱となっていく。現在も、着信音市場の着音カテゴリーで同社は市場シェア1位だ。

成長を続けるクリプトン社にさらなる転機をもたらしたのはヤマハが開発したVOCALOID(以下、ボーカロイド)という歌声合成技術の登場だった。コンピュータ技術の発展で今ではバイオリンやピアノといった楽器が手元になくても楽器音をパソコンで出せるようになっている。そうしたソフトをバーチャル・インストゥルメント(以下、仮想楽器)という。音源さえデータベース化していれば数多くの楽器が素人では本物と区別ができないほどの品質で再現できるようになっているのだ。ところが、人間の歌声は他の楽器に比べて十分な品質で再現することができていなかった。そうした中、ヤマハはパソコンにメロディーと歌詞を入力することで人の声をもとにした歌声を合成し、演奏するボーカロイドという技術を開発したのだ。03年のことだ。

クリプトン社代表取締役の伊藤はこれまでの事業経験から他の音に比べ「人の声」が売れることを知っていた。だからヤマハがボーカロイドを開発したことを知ったときに、「これは売れる」と思ったという。ただ自社でボーカロイドを使った製品を開発するには時間的余裕がなかった。そこでクリプトン社の海外の取引先にボーカロイドを紹介し、製品化を勧めてみた。その話を真面目に検討し、世界で最初にボーカロイドを使った製品を市場投入したのが英国ZERO-G社だった。同社は男性の声を音源とするLEONと女声のLOLAという製品(音源は英語向け)を04年1月に発表し、クリプトン社は同製品の日本国内の販売を代行した。

ところが製品は売れなかった。伊藤は製品が売れない理由の一つに製品から出る音をイメージできないことがあるのではないかと思った。一般的に、それまでの仮想楽器の場合、商品パッケージにはギターならギター、ピアノならピアノの絵が印刷されていて、商品の音をイメージできた。しかし、ボーカロイドの場合、初めての商品で、しかも既知の楽器と違い、音源が人なので商品が出す音がどんなものかイメージしづらかった。そのうえ、LEONとLOLAのパッケージに描かれていた絵は「唇」だった。そこで伊藤は同年11月に日本語で歌声を演奏するボーカロイドMEIKO(女声:音源プロ歌手)を発売する際、パッケージにアニメ風の女性がマイクを持ってジャンプしているイラストをつけた。

実は発売開始時の周囲の反応はそれほど芳しいものではなかった。そもそも仮想楽器は音にこだわるプロの音楽家にすればニセモノで、ボーカロイドに対しても同様な印象を持たれていた。音楽専門誌にも製品の紹介を断られた。

しかし、販売結果は目を見張るものだった。仮想楽器市場では1000本売れたらヒットだといわれる。それが約3000本の販売数を記録したのだ。音楽の専門家から見向きもされずにこれだけ売れるのはきっとプロ以外の新しい顧客層が買ってくれたからに違いないと伊藤は思った。

ボーカロイドを楽しんでくれるお客はパソコン上で自分が作った曲を女の子に歌ってもらいたいと思う人やアニメに興味がある人ではないか。そうする中、06年の年末にテストサービスを開始した動画共有サイト「ニコニコ動画」に自分が作った曲をMEIKOに演奏させて投稿する者が現れ始めた。

■二次創作を認めるWEBサイト「ピアプロ」とは

翌07年1月。ヤマハがそれまで以上に人間に近い、自然になめらかな歌声を再現できるよう性能を向上させたVOCALOID2を発表するとクリプトン社は新技術を使ったボーカロイドを開発する。

新しいボーカロイドはアニメの声優の声でアニメ風のイラストを取り入れたものにするとクリプトン社は決めていた。実は、MEIKOの後に発売した男声のボーカロイド(音源プロ歌手)は500本程度しか売れず、女声のボーカリストに対する高いニーズがあることがわかっていたのだ。それに加えて、アニメ風のキャラクターを取り入れることで、ニッチなDTM(デスクトップミュージック)市場を超えたところに新たな可能性を求めたいという同社の考えが背景にあった。

新しいボーカロイドには、「未来から来た初めての音」という意味を込めて「初音ミク」と名付けた。さらに、ユーザーが歌声の主をイメージしやすいように、16歳で身長158センチ、体重42キロという設定をした。初音ミクのイラストは、インターネットで探し当てたイメージに合う絵師KEIにお願いした。描き下ろしの3枚のイラストは発売時にネット上に公開し、誰でもダウンロードできるようにした。それはMEIKOのときと同様、動画共有サイトに自分の作品を投稿するユーザーが出てくることを見越してだ。

07年8月31日、「初音ミク」が発売された(音源声優)。結果は記録的なヒット。発売から約1年で4万本以上が出荷されるほどのものとなった。しかも発売わずか5日後に先述のlevan Polkkaを演奏する初音ミクがニコニコ動画に投稿され、その後、次々に素人が創作した楽曲やイラストがネット上に投稿されることになった。さらに初音ミクに動きを与えダンスを踊らせるソフトを愛好家が制作しネット上に無料公開したため、ユーザーの創作活動は一層の広がりと活気を持つようになる。今では1万人を超える素人が曲を作り動画サイトに投稿しているという。このように、音楽やイラストから始まった初音ミクに関する愛好家の創作物は今ではマンガやアニメーションなど多岐に及ぶまでになっている。営利活動に目を向けると、初音ミク関連のCD、DVD、ゲーム、フィギュアなどが販売されている。初音ミクの曲を創作していたアマチュアがプロデビューといったケースも出始めている。

初音ミクが多くの素人の創作を生み出したのはクリプトン社が、アマチュアクリエーターが安心して「彼女」を利用できる仕組みを提供したことによる。ピアプロ(ピア・プロダクションの略)というWEBサイトがそれだ。ピアプロには、アマチュアクリエーターが二次創作した20万件を超える初音ミクのイラストが投稿されている。またこれらの作品は他のピアプロユーザーの創作のために使ってもいいというルールを定めた。これにより音楽クリエーターは、自分のイメージに合うイラストをダウンロードして動画に仕立て上げることができ、初音ミクを使った動画作品が動画共有サイトに溢れることとなった。また、クリエーティブ・コモンズにならい、初音ミクキャラクターの二次創作を認めるための「ピアプロ・キャラクター・ライセンス(PCL)」を発行した。

クリエーターによる二次創作を認めるクリプトン社の姿勢は本連載で以前、紹介したレゴ社と同じだ。こうした消費者による製品の二次創作を見守り刺激し、さらに消費者が安心して三次、四次と創作の輪を広げることができる仕組みを提供することが消費者イノベーションの長所を引き出すには重要かもしれない。ハーバード大のLawrence Lessigが約10年前に立ち上げたクリエーティブ・コモンズの活動は同様の趣旨を持つ世界プロジェクトだ。消費者の創作活動を権利の網で窒息させてしまわない工夫が今、求められている。(文中敬称略)