経済情報帝国のドン・喜多恒雄 日本経済新聞社社長−直撃インタビュー

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■約半数は編集・取材記者と紙面は固守

――日経の強みとはなにか。

喜多 やはり経済を中心にした経済紙という点だろう。経済現象を丹念に追う「ファクト主義」の伝統がある。私も入社以来、「数字に基づく客観的な報道を心がけろ」と指導されてきた。日経には一つのテーマをチームで追いかけるという特徴がある。ある企業がテーマになったとき、直接担当する産業部の記者だけではなく、メーンバンクを担当する経済部の記者、株式を担当する証券部の記者など、複数の記者が多面的に取材する。たとえば日経が特報した「AIJ投資顧問」の年金消失問題も、部署を横断した取材チームの成果だ。一部の記者が特ダネを集めるのではなく、取材、分析、報道をチームで手がけるのが強みだ。

――売上高は3年前に較べて約260億円、従業員は約300人も減っている。取材の体制に影響はないのか。

喜多 新聞をとりまく環境が厳しいのは事実。だが記者の数は減っていない。むしろ私が現場にいたときより多いはずだ。従業員の削減は、印刷工場などの制作部門が中心。間接部門でも合理化を進めたが、新聞社の一番の根幹であるコンテンツに直接関わる人員は減らしていない。社員3200人のうち、編集・取材の人員は1400人強になる。

社員の半数が編集・取材とは歪(いびつ)に感じるかもしれないが、われわれはコンテンツ企業だから、そこは絶対に手抜きをしない。今後も一定水準の記者採用は続けていく。

――本紙以外に産業新聞やMJ、ヴェリタスなど出稿先が多い。現場からは「多忙で取材がままならない」と聞く。

喜多 現場の記者はいつでもそう言う。業務が増えているとは思わない。記者全員が目一杯の原稿を書いたら、今でも紙面は足りないはずだ。一方、電子版の登場で紙幅の制限がなくなった。特に編集委員らシニアの記者は「書く場が広がった」と喜んでいる。

――第一線で活躍する女性記者が少ないとも聞く。生活情報部など特定部署の女性比率が高いのではないか。

喜多 誤解だ。AIJ問題の特報チームの中にも女性記者がいる。今、女性記者の採用率は約3割だが、経営者として、この陣容を死蔵させることは馬鹿げている。だから、一部の部署に女性を集めることはありえない。

■電子版20万人も「紙はずっと残る」

――記者のツイッター利用を推奨するなど記者個人を売り出す新聞もある。一方、日経は署名記事が少ない。スター記者は必要ないということか。

喜多 今、世界で最も優れた経済報道を手がけているのは英国の「The Economist」だろう。あの雑誌には「byline(署名)」はない。チーム編集の理想的な形だ。署名記事かどうかは、作り手の理屈。有用な記事であれば、読者にとってはどちらも同じだ。スター記者は、つくるのではなく、自然と出てくるものだろう。

――2010年3月より他社に先んじて有料の電子版を始めた。12年4月時点で有料会員は20万人で業界内の評価は高い。成功といえるか。

喜多 電子版の月額4000円という価格には、開始当初、ネットを中心に「非常識だ」との批判があった。しかし記者が取材して書いた原稿には価値がある。価値があるものには、価格をつけるべきだ。だから私は当初から広告モデルではなく、有料課金モデルを採るべきと考えていた。われわれはクオリティの高いものを出している。決して安い価格ではないと思うが、上質な情報は、買って読んでいただきたい。

――経済記事だけを安く読みたいというニーズはあるのではないか。

喜多 採算に乗るのであれば、「記事のバラ売り」は否定しない。現実に「日経テレコン」では一本ずつ記事を販売している。同じことが電子版で起こるかどうかはわからない。結局は経済性だ。一本ずつ売るのと、全体を売るのでは、どちらが経営に寄与するかという問題だ。

――電子版は新型の「iPad」に対応した。描画はとても美しい。近い将来、紙から置き換わる可能性を感じた。

喜多 実際、iPadの効果で電子版の読者はすごく増えた。ただ、すべてが置き換わるとは思えない。紙の約300万部に比較すれば、桁が違う。限界がある。紙と電子は対立する概念ではないだろう。いずれにしろ配信しているコンテンツは一つ。新聞社としては読者ニーズのあるところに対応することが第一だ。私も出張時にはiPadを持っていく。どこでも紙面が見られるので便利だ。一方で、電子版では斜め読みは難しい。紙の利便性は高く、紙の新聞はずっと残るのだろうと思う。紙の部数が大きく変化することはあまり考えていない。

――たしかにこの10年の部数は横ばいだ。しかし売上高は急減している。

喜多 広告の減収が要因だ。この5年間で広告収入は2分の1になっている。もともと日経は広告収入のウエートの高い新聞社だが、この数年で広告市場は激変した。たとえば主要な広告主だったBtoBの輸出企業は、海外進出を本格化させ、海外で広告を出すようになった。どこで下げ止まるのか。反転する可能性があるのか。2011年は震災があり、異常値だった。2012年の数字で、将来像が見えてくる。その点で12年は大切な1年になる。

――紙面が減ることはないか。

喜多 ありえない。今、薄くなっているのは広告ページが減ったから。編集ページは減っていない。編集ページは増えることはあっても、減ることはない。2011年の紙面改革でも、「M&I」や「ニュースクール」などのページを増やした。日経には48ページまで印刷できる設備がある。もちろん経営面では広告の増加を期待するが、読者ニーズに応えるためにも編集ページはさらに充実させていく。

■朝日・読売と提携海外進出にも注力

――朝日、読売との3社間で「ANY連絡協議会」を12年春をめどに設立すると発表している。狙いはなにか。

喜多 3社ともニュースでは競争する。しかしそれ以外の部分ではできる限り協力していこうという考えをもっている。そうしなければ、この環境変化には対応しきれない。設立の目的は、災害時の相互支援や販売協力などだ。

12年2月から京都府と滋賀県向けの印刷を朝日に委託している。朝日からは07年4月から茨城県向けの印刷を受託している。そうしたコスト改善にはさらに取り組む。

――11年12月にはTBSとの提携も発表した。

喜多 自社にないものを他社との協力で補うことは、一般企業では広く行われている。当たり前のことを、当たり前にやるだけの話だ。実は提携にはテレビ東京も含まれている。「日経のブランドを棄損しない」という絶対条件を守るならば、いろいろな企業と提携し、様々な分野に進出していきたい。このポリシーは、私の考え方として、いつも全社員に言っていることだ。

――少子高齢化で労働力人口の減少が見込まれている。長期の経営ビジョンについて教えてほしい。

喜多 「3つのC」と説明している。1つ目は「Cutting edge」。電子版など先端的な技術を取り入れること。2つ目は「consolidation」。日経グループの資源を結集させていくこと。3つ目は「Cross border」。国境にとらわれずに経営を進めていくことだ。

これには「内外(ウチソト)」、つまり日本国内の情報を英語や中国語で発信する方法がある。11年12月にiPad向けの週刊英字経済誌「The Nikkei Asian Review」を始め、12年3月には中国語ニュースサイト「日経中文網」を立ち上げた。取り組みの第一歩だ。海外の情報を国内に届ける「外内(ソトウチ)」にも力を入れる。

ただ、私が最終的にやりたいのは海外の情報を海外で展開する「外外(ソトソト)」だ。内需産業といわれたコンビニでも、海外進出を成功させつつある。日本の普通の企業がやっていることを、われわれもやらなくてはいけない。

日本の労働者人口が減少していく中で、選択肢は2つだ。マーケットの縮小に合わせて会社を小さくするか、新たなマーケットを求めて外に出ていくか。国内でのシェア競争には限界がある。われわれのコンテンツを読んでくれる人を求めて、外に進出することが必要になる。

――新年度を迎え、日経の購読を始める新社会人も多い。しかし1〜2年で購読をやめる若年層が増えていると聞く。

喜多 頭の痛い問題だ。社内では「いきなり日経」と呼んでいる。これまで新聞購読の習慣がなかったのに、仕事上の必要から、いきなり日経新聞から新聞を読む層がいる。こういう新しい読者をどうサポートするか。2012年は組織としてプログラム作りに取り組まなければと考えている。

重要なことは「わかりやすい紙面作り」だろう。経済現象を深く理解していなければ、わかりやすい原稿は書けない。一昔前までは「わかるやつにわかればいい」という書き方も許されていたが、今は違う。わかりやすい紙面作りを愚直に徹底したい。

※すべて雑誌掲載当時