人が集まり、楽しめる商業施設を開発する

ビジネスパーソン研究FILE Vol.174

野村不動産株式会社 森野愛さん

相模大野駅前の再開発事業を担当する森野さん。地域に愛される街づくりを推進。


■野村不動産創業の地・日本橋にて商業施設「YUITO」の開発を担当。社を挙げての事業に貢献

新卒で保育サービス企業に入社し、保育所の新規開設を通して不動産会社ともかかわってきた森野さん。野村不動産に転職したのは、より大きな開発に挑戦したいという思いからだった。入社後、不動産売買の仲介業務を担当しつつ携わることになったのは、東京・日本橋に開業予定(当時)の複合ビル「日本橋室町野村ビル」の商業・サービスゾーン「YUITO(ユイト)」の開発だった。

商業施設の開発業務は、コンセプトの企画からテナントリーシング(出店者さま誘致)、開業に向けた販促まで多岐にわたる。「YUITO」の場合、2010年10月末の開業に向けて2007年3月からコンセプトやターゲット策定などの検討が始まり、2008年秋ごろからテナントリーシングや施設の内外装などの検討を開始。出店者さまが決まると、開業に向けて各店舗の内装設計支援を行いつつ、販促企画の立案・推進が行われたが、森野さんは、これら一連の業務を先輩社員と2人で担当した。
「私にとっては開発の仕事そのものが初めてですし、当社にとっても日本橋という一等地での開発事業は久しぶりのこと。しかも、日本橋は当社創業の地でもあるため、社員の思い入れも強く、社を挙げての開発となりました。そんな建物の顔となる商業施設を任されたプレッシャーはかなり大きかったです」

とりわけ苦労したのはテナントリーシングだった。マーケティングデータや社内の意見をふまえ、富裕層が休日の食事や買い物に利用したり、近隣で働くビジネスパーソンが接待で使えるような店舗を誘致することになったが、社内にはそのような店舗への営業実績はなく、手探りで営業にあたったという。
「最初のころは営業トークも、営業先がどんなことに興味や疑問を持つのかもわからない状況で、本当に苦労しました。『ミシュランガイド(※1)』や富裕層向けの雑誌、同じような客層をターゲットにした商業施設を参考に、おいしそうなお店があれば経営元を調べ、飛び込みで営業。最終的には、簡単なヒアリングも含めると600軒以上訪問したと思います。13店舗の出店を目指していたので、歩留りだけを見ると恥ずかしいほどの訪問数ですが、さまざまな店舗のお話を聞いたからこそ、情報・ノウハウも蓄積できたと思います」
(※1)仏・ミシュラン社がレストランを星の数で評価するガイドブック。

途中、2008年に起こったリーマン・ショックによりリーシング方針の変更を余儀なくされたが、最終的には銀座の老舗天ぷら料理店「天一」やホテルオークラ内の中国料理店「桃花林」など、上質の味・商品を提供する13店舗の出店が決定した。
「当時、景気が落ち込んだ影響で富裕層をメインターゲットとしたリーシングに限定することが困難な状況になり、オフィスワーカーでも気軽に利用できる店舗も誘致していくという方針に修正しました。しかし、最終的には老舗でじっくりと消費者をつかめるような店舗に入っていただくという当初の狙い通りのリーシングができ、開業から1年半たった今では前年に比べて徐々にお客さまが増えている状況です」

苦労を経て迎えた開業当日の気持ちを、森野さんはこう振り返る。
「プレッシャーや辛いことを乗り越えられた感慨、予定通り開業させることができた安堵感、私が誘致して一緒に店舗づくりをしたお店がうまく軌道に乗るのだろうかという不安…。いろんな気持ちが入り交りましたが、お客さまが入ることで建物が息づき、商業施設らしくなったのを見ると、前職で保育所を開設したとき以上に感動しましたし、一生忘れられない仕事になりました」

そして、初めての開発事業を終え森野さんが実感したのはプロジェクトにかかわる人との関係づくりの大切さだったという。
「プロジェクトには、商業施設の営業だけでなく、当社のオフィス営業、建築、ビルマネジメントの担当やゼネコン、設計会社などさまざまな人がかかわっています。その全員が同じ方向を向いていなければ、必ずどこかで漏れが出てきますし、いいものは創れません。『いい』と思ったことを皆が言い合える雰囲気があって初めていいチームができるもの。日々さまざまなことが起こる中で、建物を創るうえで最も大切なのは知識よりも人とのつながりであり、それがあって初めて仕事ができるんだと実感しました」


■住民の皆さまの声に耳を傾け、より多くの人が訪れる「相模大野」の街づくりを推進

次に森野さんが携わることになったのは、神奈川県相模原市にある小田急線相模大野駅前の再開発事業・相模大野駅前複合再開発。再開発エリア内の大型ショッピングセンターの開発担当としてまず取り組んだのは、地域の皆さまへのアンケート調査とグループインタビューだった。
「『YUITO』の開発を経験したことで基本的な営業方法や仕事の組み立て方は身につきましたが、当時は自分に余裕が持てず、やりたくてもやれなかったことがたくさんありました。その一つがお客さまとなる方たちの声を聞くことでした。今回は、コンサルティング会社によるマーケティングデータのような数字のデータだけではわからない定性的な声をふまえ、店舗の企画などを推し進めたいと思ったのです」

相模大野駅周辺にお住まいの方を対象に調査を進め、得られた情報は、コンセプトづくりやテナントリーシングの大きな支えとなった。
「相模原市は人口密度も高く、お客さまとなりうる層が多い割には一駅隣の町田市で買い物をされる方が多く、市内で消費されるお金は他市の3分の2程度という土地柄。実際に話を聞いてみても、『相模大野には駅ビルも百貨店もあるけれど、もう少し異なるニーズを満たしてくれるお店が欲しい』『相模大野に来ればこれがある、と自慢できる何かが欲しい』など、さまざまな要望が出てきました。同時に、このように感じている方たちのニーズを汲み取ったお店を誘致できればうまくいくのでは、と手応えを感じました。そこで、子育て世代にうれしいお店や男性が時間をつぶせる店舗なども入れつつ、女性のパッションを刺激し自慢できるお店を誘致することにしました」

そうして2012年3月にすべての店舗が決定。現在、森野さんは2013年3月の開業に向けて各店舗の内装や施設環境の設計、店舗同士の連携による販促など、施設の付加価値を高める施策の検討を進めている。
「今は、ゆったりした女性用トイレを置いたフロアや遊具などがあるカフェ、赤ちゃん用品店、子ども写真館の買い回り促進、フィットネスクラブとの連携など、より多くの方が高頻度で来られるような施策の検討を行っています。週に3〜4回は現場に行っていますが、行くたびに建物が少しずつでき上がっているのを見るとうれしいですね。ですので、将来、仮囲いが外れ、内装が完成し、最後に電気がついてお客さまが入る瞬間というのはもっとうれしいものだと思います」

そんな森野さん、将来の目標をこのように話してくれた。
「都心と郊外の商業施設の開発をこれだけ短期間で経験した社員はあまりいないので、悩んだことも含めて、経験から得たことを少しでも後輩に伝えていければと思います。個人としては、今後はオフィス開発も経験してみたいですし、さらにもう1つ商業施設に携わりたいという思いもあります。2件に携わった経験をブラッシュアップして、これからも開発の経験を積んでいきたいですね」