201206cinema

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直感を信じられる人は幸せだと思う。こういう人は、たいてい人に相談ごとをせず、自分だけで結論を出す。大きな決断をするときは、特にそうだ。いろいろな意見を聞きすぎて頭が混乱し、本当に自分がどうしたいかわからなくなってしまうという人も多いが、自分の心の声に従うことを恐れない人は、後悔も少ないと聞く。自分の選択に責任を持てるため、結果について誰かを責める余地も生まれない。潜在的に生まれるそんな覚悟めいたものが、後悔の余地を与えないのだろう。自分の直感を信じた結果が、例え客観的には失敗だと思われても、自分では納得しているので案外けろりとしていたりする。それは極めて幸せなことだと思っている。

こんな話をしたのは、『幸せへのキセキ』という映画を観たからだ。これは、イギリスの『ガーディアン』に勤めていたジャーナリスト、ベンジャミン・ミーの実話から生まれた作品。彼とその家族は、リスクを負いながらも、荒廃し閉鎖に追い込まれた動物園を買い取り、200頭を超える動物たちや失意のスタッフたちと数々のトラブルを解決しながら、新しい生活をスタートさせたのだという。映画では、多少事実と違いがある。実在のベンジャミンは、動物園の開園準備中に、脳腫瘍を再発させてしまった妻を失ったが、マット・デイモン演じる主人公は、動物園を買い取った際にすでに最愛の妻を亡くしている。映画の中のベンジャミンは残された2人の子供と暮らす中で、新しい環境を求めて転居先を探していた際に、動物園つきの家と出会い、そこで新しい愛や生の意味に触れ、再生への力を得ていくのだ。

その主人公が無謀にも動物園のオーナーになると決めたとき、従うのが誰のアドバイスでもなく自らの直感。彼はその出会いを運命だと言っていた。実は、彼には通りすがりに見かけた美しい女性に運命を感じ、無謀にも声をかけたという“前科”がある。それが最愛の妻となった。つまりは、やはり彼も直感の人で、説明のつかない心の声に従う勇気を持つ人間なのだ。見ず知らずの美女に運命を感じ熱烈なラブコールを送ること、素人なのに動物園経営に手を出すこと。いずれも、理性が強く働けば、やらなかったことかもしれない。だが、こればかりは性質(たち)なのでしょうがない。
実のところ、突然の愛の告白にひるまなかったベンジャミンの妻も直感の人だった。こういう人に共通するのは「Why not?」と言ってのける力だ。損するかもしれない、ダメージを受けるかもしれない。そのリスクはわかっていても、「No」と言う理由にはならないのだ。



動物園経営について「Why not?」と思ってしまったベンの決断は、一見多くの人にとって無謀に見えても、決して自暴自棄なのではない。そこを、混同してはいけない。喪失は絶望を生むこともあるが、喪失が新しいものを生み出すパワーになることもある。それを信じなければ、私たちは、避けられない別ればかりのこの人生を、生き抜くことなどできないだろう。
私の愛犬が死んだとき、友人がこういって慰めてくれたのを思い出す。「喪失感や悲しみに支配されるのではなく、愛犬との関係で得た愛を、次の存在に受け渡しなさい」妻を亡くしたベンジャミンが、動物園再開に力を尽くしたのはこんな気持ちからだったのかもしれない。行き場のない動物たちやスタッフと、すがるものを求めていたベンは出会うべくして出会ったのだろう。そう信じた私の気持ちを裏付ける言葉が、実在のベンジャミンから語られている。「生き延びるために私たちに頼るしかない動物たちの世話は、私のつらい気持ちを浄化してくれました。悲しみや喪失を感じながら、ふと窓の外を見るとそこでは日々の生活が続けられていました。動物園の生活では、人は延々と続く命と深く関わっているのです」

実際、彼のとった無謀な行動は、動物園の成功として豊かな果実になった。それを日本語のタイトルでは、“キセキ”と称しているのだが、このキセキは決してキリストがやってのけた復活のような特殊なものではない。これは、私たちの身の回り、日常の中に落ちているキセキだ。この作品が素晴らしいのは、こういったキセキを手にできるかどうかは、私たちの心にかかっているのだと教えてくれている点だろう。人にダメだと言われても実現可能なことはあり、それは時として自分の心次第なのだ。
現在、ダートムーア動物園を経営しながら、講演活動も行っている実在の“キセキの人”はこうも話している。「人から不可能だと言われても私は決してあきらめません。あきらめるということは、失敗と同じです。どんなことでも実行してみれば、たとえ不可能に思える時でも成功するチャンスはあります。私の物語に触れてくれた人が、何かを感じてくれて、その人たちを励ますことができれば、とても嬉しいです」

不利に思えても、負け戦に思えても、打算を捨ててすべてを賭けてみたいものに、人は遭遇するものだ。その時に、自分の心に正直になれる直感を持てるのか。もしその先に、たとえ数パーセントの確率ででも、幸せへのキセキが起きるかもしれないなら、その可能性をみすみす捨てることなどできるのか。いつもは計算ばかりでも、ここぞというときこそは、自分の直感に従ってみる。そうすれば、キセキと呼ぶほどのことは起きなかったとしても、少なくとも、人生は今よりもちょっと面白くなるかもしれない。

(text/june makiguchi)

■『幸せへのキセキ
監督・製作・脚本:キャメロン・クロウ
キャスト:マット・デイモン、スカーレット・ヨハンソン、トーマス・ヘイデン・チャーチ、コリン・フォード、マギー・エリザベス・ジョーンズ、アンガス・マクファーデン、エル・ファニング、パトリック・フュジット、ジョン・マイケル・ヒギンズ
コピーライト(c)2011 Twentieth Century Fox
TOHOシネマズ スカラ座他 全国にて公開中
上映時間:2時間4分