役に立っていたい。求められていたい

仕事とは? Vol.75

演出家・脚本家・作家・CMプランナー 大宮エリー

「自己表現欲は強くない」と語る大宮氏が表現の仕事を続ける理由は?


■やらないで後悔するより、やって後悔する方がいい

大学は薬学部でした。父が病気だったので、治してあげたいという使命感に燃えて入ったのですが、周囲からは浮いていたと思います。みんなが普通にできることにつまずくんです。基礎実験で私だけ試験管が爆発しそうになったり、実験用のねずみが可哀想で注射が打てなかったり。悩んだ挙げ句に薬学にも、研究職にも向いていないとあきらめ、就職活動を始めました。

とにかく就職しなければと考えたのですが、どんな会社を受けていいのかもわからなくて。先輩はみんな研究者でしたから、相談できる人もいなかったし。それで手当たり次第目についた会社を受けました。ガス会社、鉄道、商社、食品会社…でも全部落ちました。

自己PRして落とされると、さすがに落ち込みますね。人格を否定されたような気になりますもん。最後の最後に電通で内定が出たときは、泣きました。社会人になれて本当によかったって。なんか就活って、コツがあるのかもなぁ、と思いました。あと、ご縁っていうのもあるかもしれない。だからみんな就活される方、大変だと思うけど、自分を責めないで頑張ってほしいです。落とされても、縁がなかったんだなって思うようにしてほしいですね。

あ、会社に入ると職種を決める試験があって、私はコピーライターをやることになりました。小さいころ、そういえば、言葉の仕事をしたいなと思っていたけれど、そういうのは天才がやるものだとあきらめていました。だから遠回りして、小さいころの思いが実現して、びっくりしました。

私が所属した部署が扱う仕事が、大きいクライアントさんのものが多くて、新人にとってはちょっとハードだったんです。新人クリエーターって、賞をとれ、とれ、って言われるんで、すごくプレッシャーでした。それに賞って、やっぱり小さくて自由度の高い仕事の方が取りやすいですから、私は少し、しょんぼりしていました。みんな賞をとっていいなぁ、広告雑誌に載っていいなぁ、ってうらやましく思っていました。でも腐っちゃだめだぞ、って自分に言い聞かせていました。

仕事が楽しくなってきたのは、入社3年目くらいからですかねぇ。自由度が低い仕事ならば、それを楽しんでやれって思うようになったんです。そういう技術もついてきたのもあると思います。厳しい制限を守りつつどう新しいことにチャレンジするか。それがそのブランドにとって新しい風を吹き込んで勢いづかせるものであるのを前提として。自由に発想したり、派手な新しいことをするよりも、変わらないものをちょっとずつ変えていくってのも面白いじゃないの、っていう発想になったんです。緒形拳さんと奥田瑛二さんに出演していただいた『ネスカフェゴールドブレンド』のCMは、まさにそんな中生まれました。

電通という会社は好きでしたし、ずっと居たかった。いろいろ恵まれていたと思います。でも、私、事務的なことがすごく苦手だったんです。いつも書類に不備があって、出張申請書一枚出すにも何度も総務課に呼び出され、いつも謝っていました。本当に迷惑ばかりかけて申し訳なかった。ホワイトボートに行き先を書き忘れるのもしょっちゅう。「どうしてみんなができることがお前はできないんだ」って部長に言われて、本当にそのとおりだ。どうしてなんだろうって思った。手を抜いているわけではなく、頑張りたいって思ってるのに。

で、ここにいちゃいけないんだなって。迷惑かかるなって。組織には向いていないんだとあきらめて、会社を辞めたんです。当時よく「フリーになったんですね」と言われましたが、そういうんじゃなかった。独立ではなく、ドロップアウトでしたから。退職後の仕事も決まっていませんでしたし。ただ、そういうとき、助けてくれる方って、ほんと一生ものですよね。広告の仕事をそのまま継続させてくれた方や、電通時代に制作したスピッツのプロモーション映画を面白いから公開してやると言ってくださった映画会社の社長とか。ありがたかったです。仕事が、仕事につながっていきました。作品が次の仕事を呼んで来てくれるんですね。自分が営業しなくても。映画の仕事を12本も頂いたんですが、私自身が未熟で自信がなく、映画に対する思い入れにも自信がなかったので、すべて辞退したんです。ほんとはどれかやりたかったんですけど。そしたら、仕事がまったくなくなってしまいました。

われながら、なんて不器用なんだろうと落ち込みました。どれか1つでもやって次につなげればいいのに。ちょうどそんな時「舞台をやりませんか」というお話を頂いて。初めてのことなので怖かったんですけど、「やらないで後悔するよりやって後悔する方がいい」と思って飛び込みました。自分の取り柄は、勇気しかないと思っていて。仕事を頂くと、よくこんな私に頼んでくださるなぁって思うんですね。で、ありがたくて。自分なりにゴールが見えたら、怖くても、経験がなくても、精一杯の力で挑ませていただくようにしています。そんな姿を見た人が、なんだ、自分にでもできるわ、って何かにトライするきっかけになればいいなっていう狙いもあったりします。


■不文律にしているのは「人が嫌な気持ちになることはやらない」

キャリアってひとつのことを積み上げていくイメージがあるじゃないですか。でも、私の場合はドラマの脚本を書いたり、映画やミュージッククリップを撮ったり、番組に出演してみたり、CMを作ったり、エッセイや歌詞を書いたり、と、いろんなことをやってきました。土台だけ作って、また次の土台を作るから、城が建たないんですね。「私、いったい、何屋さんなんだろう?」と焦った時期もありましたが、周りから「エリーはいろいろなことをやっているのが面白いんだから、それでいいんだよ」と言われて、ちょっと救われてます。

媒体は何であれ、不文律にしているのは「人が嫌な気持ちになることはやらない」です。私は子どものころ、いじめにあったこともあったし、人間関係とは別のことで生きることに悩んだり、その意味がわからなくて苦しんだ時期もありました。誰もそこから抜け出る方法を教えてくれなかったし、学校でもそんな授業はなかった。だから、いろいろ考えて、なんとかその都度やり過ごしてきました。発想の転換をしたりして。だから、自分が気づいたことをベースにして作るものが、自分と同じような悩みを持っている人の心を軽くしたり、明日の会社とか、明日の学校を楽しくするきっかけになったらいいなと思って、それだけの思いで仕事をしています。

独立して1年目くらいのころ、雑誌で連載していたエッセイ『生きるコント』を読んでくださった方たちからお手紙を頂きました。「いじめられてひきこもっていたけれど、エリーさんがいじめを克服した話を読んで、勇気が出た」とか「がんになって悲しんでいたけれど、半年ぶりに笑った」と。それを読んで心からうれしかったし、私自身も読者の皆さんから「助けられてる、生かされてるな」と感じました。自分がやっていることが仕事として成立しているんだと実感できたのは、この時がはじめてです。

結局、私が働く理由は、居場所が欲しいということなんですよね。薬学の研究者になって役立ちたいと思ったのに適性がなくて、会社に入ってようやく役立てると思ったら、組織になじめず退職してしまった。だから、独立後は「どうすれば、役立てるんだろう」ということだけを考えてきました。役に立っていたい、求められていたいと思い続けてきた。それがなければ、こんなに胃が痛くなる仕事はやってないです。もともと自分を表現したいとか、何かを作りたいという気持ちは強くないんです。飲んでたいですもん。寝てたいですもん。働きたくないです。

今はだんだんラクな方向、自分らしい方向に向かっている途中ですが、物事をスイスイとはこなせない不器用さはまだ克服できてません。そんな私が学生さんにアドバイスなんておこがましいのですが、ひとつだけ言わせていただくと、自分の方向性を見つけるためにはいろいろな人に会うというのが本当に大事だと思います。

私も就職活動ではさまざまな業種、職種の人に会ってもらっていろんな話を聞きました。そうですねぇ、80人ぐらいになるでしょうか。学生だからという理由だけで初対面の人が会ってくれるんですから、そんなラッキーな時期はないですよね。特定の業種だけにしぼって就活してる方がときどきいますが、もったいないです。世の中を少しかいま見られるチャンスだからぜひ、いろいろ質問してみるといいと思います。自分がどう生きていきたいのかが、少し見えてきたりするかもしれないですよ。

志望動機とかに苦しんでいる人、いると思うけど思い詰めないでくださいね。最初からやりたいことがある人なんていないから。いろいろな業種の話を聞くうちに、ぼんやりやりたいことが見えてくる。そんなもんだと思います。