中国経済が高度成長を維持できないとなると、今後、中国共産党内の権力闘争は深刻化することになるだろう。限られた利権のパイを奪い合うようになるからだ。中国のバブル崩壊不安と政治権力の求心力低下は今秋にかけて避けられず、“チャイナ”が今後の世界の金融市場の大きな波乱要因となっていくだろう。


中国共産党の実力者の一人、薄煕来(はくきらい)氏の重慶市党委員会書記失脚劇は、中国の高度経済成長モデルの行き詰まりを暗示している。

中国式成長モデルとは、党指令による不動産投資など固定資産投資主導により実質8%以上の成長率を維持する政策で、党幹部の間では「保八」と呼ばれてきた。"八" という数値は末広がりで縁起がよいという中国の風習に沿っているばかりではない。各地の党官僚は投資事業などの8%を自身の利権収入として捉えており、この既得権を確保するための最低水準が8%成長なのである。その結果、投資ブームはどうにも止まらないのだが、弊害がひどくなっている。

乱開発による環境破壊、汚職腐敗の広がり、拝金主義の流行ばかりではない。2008年9月のリーマン・ショック後は党中央の指示で国有商業銀行が融資を一挙に3倍に増やし、地方政府や国有企業に貸し付け、不動産開発が過熱し、不動産バブルが膨張した。他方では富裕層と貧困層の格差が急拡大し、社会的な不満が爆発。年間で10万件以上もの大小の抗議デモや暴動が起きている。

下の上のグラフに目を転じよう。1982年から各政権が成長率8%以上の達成に励んできた。1989年の天安門事件、1997年のアジア通貨危機、そしてリーマン・ショックと内外の巨大な衝撃にさらされても、高成長に回帰できる秘密はGDP(国内総生産)そのものにある。どの国でも、GDPとはしょせん消費、投資と貿易黒字の合計である。個人消費や輸出の操作は困難だが、中国の場合、投資だけは党指令でカサ上げできる。発券銀行である中国人民銀行が流入する外貨を買い上げてお札を刷り、国有商業銀行と国有企業、さらに地方政府を通じて開発投資にカネを投入する。

5年に一度開かれる共産党全国大会はこの投資主導型成長の節目となる。党大会では共産党中央から地方の党幹部までの人事が決まる。「保八」達成を目指して、各幹部がコネを使って予算や投融資資金を動員し、開発投資に血道を上げる。これが中国式成長モデルの方程式である。

今秋の党大会では、太子党(党高級幹部の子弟)代表の習近平党中央常務委員・国家副主席が党総書記に選出される見通しだが、経済政策の運営はかつてなく厳しくなる。リーマン・ショック後の投資の主軸となってきた不動産は今、かろうじて本格的なバブル崩壊局面突入を免れているにすぎない。投資主導に代わる成長モデルも見つからないままだ。これでは、秋の党大会後の展望は開けない。

そこで、党中央がひそかに指令しているのは、「株価倍増作戦」である。国有商業銀行や国有企業を通じて株式市場に余剰資金を投入するもので、上海の金融関係者の間では「今後、秋にかけて上海株価は急騰する」との期待が広がっている。ところが、上海株価を先導してきたのは、ほかならぬ不動産関連株である(下のグラフ)。不動産バブルが崩壊すれば、株式市場も道連れになって崩落の憂き目に遭う。すると、90年代初めの日本型バブル崩壊の二の舞いになりかねない。大手国有商業銀行をはじめ金融機関は不良債権の山を抱え込むだろう。

そこで党中央は、不動産価格の暴落を避けるために、金融機関や国有企業による不動産部門への投融資を続けさせている。しかし、上海などのオフィスビルやマンションへの買い手はつかないケースが多い中で、不動産投資が拡大し、マンションやオフィスビルの供給が増えれば増えるほど、バブル崩壊の規模が大きくなる恐れが高まる。

薄煕来氏が権力奪取の動機からとはいえ、ほかの党幹部の汚職腐敗や闇勢力の撲滅キャンペーンを通じて大衆の圧倒的な支持を集めたことが物語るように、市民意識に目覚めた一般国民の一党支配を見る目は厳しくなっている。汚職腐敗の温床の「保八」を解消するために必要なのは政治改革だが、胡錦濤、習近平両氏自身、利権構造の頂点にあり、何も決められないだろう。




田村秀男(たむら・ひでお)
産経新聞社特別記者・編集委員兼論説委員。

日本経済新聞ワシントン特派員、米アジア財団上級フェロー、日経香港支局長、編集委員を経て現職。『人民元・ドル・円』(岩波新書)、『円の未来』(光文社)、『世界はいつまでドルを支え続けるか』(扶桑社)、『人民元が基軸通貨になる日』(PHP研究所)など著書多数。今、政府・日銀の金融経済政策運営に対して数多くの有益な提言を行なう気鋭のジャーナリストとして注目を集めている。

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この記事は「WEBネットマネー2012年7月号」に掲載されたものです。