[Daniel Munoz / Reuters]

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「1点をとったあとの戦い方が大事。もっとボールを回して、時間を使うとか、アウェイの戦い方を一人ひとりが考えなくちゃいけない」
 オーストラリア戦後の取材でそんな風に語り、遠藤は少し憮然とした表情でバスへ乗り込んだ。

 ワールドカップブラジル大会アジア最終予選。くじ運にも恵まれた日本はホームで戦った2連戦を経て、初めてのアウェイ戦をオーストラリア・ブリスベンで迎えた。

 快勝、大勝と勢いに乗る日本だったが、やはりオーストラリアのロングボールには苦しめられた。ジリジリとDFラインが押し込まれる。セカンドボールの処理に対して高い意識を持って挑んだ選手たちだったが、ボールを奪ってもそこから攻撃に転じる際、長い距離を走らなければならない状況が続く。

 本田や香川のキープ力を活かしながら、攻め出る場面も何度かあった。しかし前日練習後に「個人としてもコンビネーションでも速い攻撃が必要」と香川が語ったようなシーンは少ない。一人少なくなった相手の硬い守備ブロックの周りでパスをつなぐのが精いっぱいだった。シュートがゴールを割ったのは、ショートコーナーから本田が上げたパスを栗原が決めたシーンのみ。追加点を奪うことはなく、逆にPKを与えて、1−1のドローで試合は終わる。

「勝てた試合だった」と試合後は誰もがそう口にした。冒頭で紹介した遠藤のように冴えない表情の選手も多い。
 その一人が前田だった。
 オーストラリア戦では、ポストプレーに安定感があり、ボールロストシーンはほとんど無かったように思う。しかし、「ポストプレーがうまくできても、シュートを打てなかったほうが悔しい」と話した。


 この試合で、長友からの速いクロスに合わせられなかったシーンが二度あった。「僕としては触れば入るというイメージで上げた」と長友が語るほど、絶妙なタイミングと場所へ蹴られたクロスだ。そのコースに前田は立てたが、クロスの速さに対応できなかった。長友のクロスは、まさに“欧州レベル”のそれだった。そして、オーストラリアのような高いレベルの守備陣を崩すにはその速さが必要なのだ。
「あれを決めないとゴールは生まれない。ああいうクロスを決められるようになりたい」
 勝てなかったこと以上に、“あのクロス”を決められなかったことが、前田は悔しいのかもしれない。

「1試合1試合の中でチームとして、個人として成長しようという意識がすごく強い。みんなアジアの中で勝ち抜くのは難しいのはわかっているし、その厳しさを理解しながらも、自分たちの目線を常に上へ持つということを、ほとんどの選手がやれている。監督も言っているけれど、常に成長していこうという気持ちが強い」
 川島がチームの雰囲気について語る。

 ベテラン国内組と若い欧州組で構成された今回の先発陣。国内組にも当然のようにプライドはある。しかし、欧州組の存在が自身のさらなる成長を促してくれると考えているはずだ。そして、若い選手たちは、当然のようにベテランから多くのことを吸収しようと貪欲になる。

 ブリスベンの町の一角で、川島、前田、長谷部とともに宮市がお茶をしている光景を見かけた。先輩たちの話をニコニコと聞いている宮市の姿が印象的だった。試合に出場することはなかったものの、代表の一員として過ごした時間は、宮市にとって貴重な体験だっただろう。

「最初は、こんなに早く集まってどうするんだ?って思ったけど、本当にいい合宿ができた。試合に向けて、戦術だけでなく、フィジカルやメンタルのコンディション面での準備が徹底されていた。それがスタートダッシュにつながったと思う。ザッケローニ監督は、本当に選手のことをよく見ているから、選手は手が抜けない。小さなミスであっても見落とすことがなく、細かい指示でオフ・ザ・ボールの動きやポジショニングなどを徹底的に意識づけられた」と内田。

 5月20日から一時解散をはさみながら、3週間あまりの長期合宿。最終予選序盤は2勝1分とまずまずの結果が残せた。しかし、試合の結果だけでなく、チームとしてのベースを築く時間が過ごせたことが大きい。
「アジア予選が終わってから、世界に標準を合わせるのではなく、世界を意識して戦っていかなくちゃいけない」
 合宿中に本田がそんなことを話していた。前田が抱いた悔しさは “世界”への意識が生まれた証でもあるだろう。

「点もたくさんとれたし、結果だけを見ればパーフェクトだけど、内容を見ればもっともっと上げていけるかなって思う」とヨルダン戦後に長谷部が語っている。
 オーストラリア戦では選手個々がたくさんの課題を感じた90分だった。そいういう中でも勝ち点1が手にできたと考えれば、価値ある苦戦だった。