製造業本社の「海外大移動」が始まった【3】

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経済グローバル化や人材活用に詳しい日本総合研究所調査部長の山田久氏は「日本企業の外国人社員はこれまで『ガラスの天井』といわれ、出世の道が狭かった。しかし今後は欧米企業並みに現地法人の経営を任され、日本で幹部候補となる外国人が増えていくことが、企業の本社移転の流れとともに必然となってくるでしょう」と語る。

だが、山田氏は同時に、日本本社で優秀な日本人を採用していくことの重要性も説く。大手企業は国内での人材獲得競争力もあり、最先端の競争力を維持していく人材の供給源として、日本本社は譲れない部分ではないかというのだ。

また、外国人社員の比率も増え、多国間で人材のローテーションが行われるようになればなるほど、「本社で働くことが憧れになるような、求心力の強い日本本社の存在が必要」(山田氏)ともいう。

こうした広い視野に立った考え方は、従来型の輸出モデルで稼いできた日本企業にはあまりない発想だったが、成長力が低下する日本の現状を考えれば、企業の形態変化は十分考えられる。

山田氏は「高付加価値品を低価格で輸出する『いいものを安く』という先進国市場型ビジネスがもう通用しないことは明らか。現地の生活習慣を勘案した商品でなければ受け入れられなくなったことも、ビジネスモデルを変更せざるをえなくなった要因のひとつ」と指摘する。

パナソニックなど消費財を中心に販売する企業は現地ニーズを把握する意味でも移転が求められたわけだが、一方で、海外移転によってさらなる躍進の期待が持てるのがBtoBビジネスである原料や資本財関連企業である。

市場の変化を肌で感じられる

「日本市場の需要はもうほとんど伸びておらず、逆に急速に伸びているのがアジア。意思決定、情報収集という観点から見ても生産地であるシンガポールが最良だと決断しました」

こう語るのは三井化学のシンガポール現地法人、ミツイエラストマーズシンガポール社長、小守谷敦氏だ。移転したのは高機能樹脂、タフマー事業の本社機能部分である。米ダウ・ケミカルや米エクソンモービル・ケミカルと三つ巴の競争を繰り広げる中で、03年からシンガポールを生産拠点としてアジア中心に事業拡大してきたが、本社機能の部分は東京にあった。ダウとトップシェアを競うようになった今、前出の理由で11年4月、ついに事業部を丸ごと移転することになったのだ。

シンガポールは政府主導で石油化学産業を育成しており、法人税の免税など優遇策が手厚いことも決断の要因となった。

小守谷氏は「ステップ・バイ・ステップの流れで移転してきたので、社内に混乱はない」と話す。同社では複数の事業部をアジアに移転させていく意向だ。

小守谷氏は移転のメリットをこう語る。

「市場の変化を肌で感じられる点は大きいと思います。市場としての現場、製造拠点としての現場など、現場主義を貫けるのは、そこに自分がいるから。フェース・トゥ・フェースで会議をすることはやはり重要だと思います」

消費財メーカーに比べて市場の変化は著しくはないものの、素材であれ何であれ、ビジネスは川上から川下まですべてリンクしているので、市場に関する情報収集は欠かせないという。

ただし、リスクも伴う。小守谷氏は「グローバル化という名のもとに、日本企業として変える部分と変えない部分はどこか、事業ごとに分けて考えなければいけない問題。そうした企業としての総合的な戦略が描けなければ、躍進するアジアに事業を丸ごと移転しても、根なし草になってしまう」と警告する。

島国の日本が本格的にアジアに進出したとき、欧米や韓国勢、中国勢と比較して劣勢になることもあるからだ。そうしたとき、「競争力の源泉となるもの」(小守谷氏)があるかどうかがカギになってくるという。

各社で始まったばかりのグローバル人材の育成や新興国での研修制度などもそのひとつだが、小守谷氏は「日本企業としての強み」として次の点を挙げる。

「日本企業が長年培ってきた信頼関係があります。顧客との関係、現地社員との関係をこれからもどれだけ醸成していけるか。日々のビジネスの中で勝ち負けはあるけれど、お客様との長期的な信頼関係をきちんと保っていけるかどうかが、生き残りの道だと思います」

パナソニックの渡邉直樹氏も「これからは机を叩いて値切って取引する時代ではありません。一緒に知恵を絞り、ともに繁栄していく道を模索しなければならない。そうしたとき、真面目さやチームワークなどの伝統が日本人のよさ。一つひとつ信頼関係を築き上げていくことが最終的な勝ちにつながる」と語る。

機敏で小回りの利く海外企業が多い中で日本企業が自国の利点を生かしつつ、グローバルで勝ち抜いていけるかどうかは未知数だ。だが日本経団連のアンケートによれば、日本企業は今後の5年間で、海外売上比率を大幅に高める傾向であり、海外売上目標が5割を超える企業は3割強に上る見通しだという。

結局、グローバル市場で利益を上げていくことが、日本国内市場にも活力や活気をもたらすことにつながり、日本人一人ひとりが生き残っていく術を模索するきっかけにもつながるのではないか。本社機能の移転は日本からの逃亡ではなく、日本を活性化させるための数少ない選択肢なのだ。

空洞化については、政府主導のもとに円高やFTAなどの通商対策でしかるべき防止策をとっていくべきだと思う。しかし、モノづくりの拠点が国外に出ていく流れは加速することはあっても、止まることはないだろう。製造業にかかわらず、「わが社は海外進出していないから関係ない話だ」といった考えでは、もはや多くの人が生き残っていけないのではないか。どんな企業でも、すでにどこかで世界とつながっているのだから。

本気でその国でビジネスをし、利益を獲得しようという気概があるかどうか。そこに成功のカギが隠されているような気がする。本社の大移動は始まったばかりだが、「待ったなし」の状況が、もうすぐそこまで迫ってきているのだ。

※すべて雑誌掲載当時