顧客企業の経営改革、イノベーションのための戦略を立案

WOMAN’S CAREER Vol.86

株式会社電通 瀬谷貴子さん

【活躍する女性社員】戦略コンサルティング部の部長として活躍中の瀬谷さんのキャリアとは?


■働く女性の先輩たちから受け取ったバトンを、次の世代に渡していきたい

「ブランドコンサルティングは企業の未来を描いていく仕事。クライアントの可能性や競合の動き、その企業の商品・サービスの受け手の状況を洗い出し、5年後、10年後にその企業があるべき姿をデザインする。それをアイデアやコミュニケーションの力で実現するのが当社のブランドコンサルティングです」

顧客企業の成長のための組織イノベーションや経営改善を目指した戦略を立案する「ブランドコンサルティング」に携わる瀬谷さん。この仕事にかかわるきっかけを得たのは入社15年目、顧客企業の広告や商品開発に関するマーケティング戦略を立案するストラテジストとして7年近く担当していたある企業の状況に危機感を感じていたときのことだった。
「常時20本近くの案件を担当し、多くの社員の方と接する中で、一人ひとりは頑張っていらっしゃるけれども全体最適には向かっていないことを肌身で感じていました。さらに、厳しい競争が繰り広げられる市場環境の中、中長期の経営計画が策定されても毎年見直されている状況に『この会社はこのままでいいんだろうか? もっと変わっていけるのではないか?』と感じたのです。その想いをクライアントにぶつけたところ、クライアントの企業ブランディングや事業戦略を考えていく仕事のご相談を徐々に頂くようになりました」

クライアントから求められたのは、経営の効率化や株価改善を目指した向こう3カ年のブランディング改革案。瀬谷さんは、自社のブランドコンサルティングの専門チームと協業して商品ブランド数や流通、組織のあり方などについての課題を洗い出し、戦略を立案、実行のためのロードマップを作っていくことのサポートを行った。
「経営効率を悪くしている要因の一つは、商品ブランド数が多いことだという結論に至りました。勝負どころで多様なブランドに投資が分散してしまっていたのです。また、会社にまつわるメッセージが非常に多く存在していることが、結果的に企業ブランドの目指す姿を曖昧にしていました。そこで、クライアントの目指す姿を的確に表す新しいコーポレートスローガンを考案するとともに、一部の商品ブランドの統一やブランドポートフォリオの見直しの策定をサポート。後にその企業のブランドイメージは向上し、株価も上昇する結果となりました」

この経験から、瀬谷さんは18年目にブランドコンサルティングを担う部署に異動。このとき得たノウハウを発展させながら仕事を重ね、電通の企業理念や採用広報の見直しにも参画するように。採用広報戦略を見直した際には、必要とする人材に目指してもらえにくい状況を改善した。
「採用活動の課題や学生たちの評価、当社に必要な人材などについて調査し、情報を洗い出した結果、私たちが自社の人気にあぐらをかいてしまっていた一方で、本当に来てほしい学生たちは広告業界ではなく他業種を目指すようになっている現状が浮かび上がりました。そこで、当社についてきちんと自己紹介をするよう広報戦略を見直したのです。2012年に卒業した学生向けの採用広報では、新たなスローガンを定め、感動を仕事にすることが私たちの仕事の本質であることや多様な人材が働いている事実を伝えられるよう、会社案内の冊子から説明会、インターンシップのプログラム内容までを変えていきました。その結果、応募者数が増え、学生から行ってみたい会社の一つとして評価していただけたのはありがたかったですね。やるべきことをやれば成果は上がってくることを実感しました」

ところで、瀬谷さんはどのようにしてストラテジストとしてのスキルを身につけたのだろうか? 今でこそ確信を持って仕事を進めている瀬谷さんだが、若手のころは仕事に苦しんだ時期もあったという。
「若さや女性の感性が通用するのはせいぜい2〜3年。それ以降は、自分ではやれているつもりなのに結果が出なかったり、やれていないはずなのにやれているかのような評価を頂いたり、自分と周りの評価にギャップがあって、確信が持てないままに日々追われていることがすごく苦しかったです。そんな中、チームを組んだ他部署の先輩たちから叱ってもらえたことが、大きな助けになりました。量をこなさないことにはこの状況は突破できないと考え、随分もがきましたが、7〜8年目くらいにぱっと地平が開けてきたような感覚を得られたのです。経験を積んだことによって引き出しが増えたのでしょう。クライアントからオリエンテーションを受けた瞬間にどんなアウトプットをすればよいか、アウトラインが見えるようになりました。それからは、仕事の効率もよくなりましたし、チームをうまく回していくことがだんだんとできるように。就職活動中に別の広告会社の女性部長から『入社後10年間は黙って働きなさい』と言われたのですが、その言葉の意味を実感しました」

プライベートでは1児の母。子育てに専念するために仕事を辞めようかと思ったこともあったが、女性が働く環境を整えてきた先輩女性を間近で見てきた経験から、仕事と子育てを両立する道を選んだという。
「男女雇用機会均等法が施行されて3年目に入社したため、女性が働きやすい環境への扉を先輩方が一つずつ開いてくださってきたことを肌身で感じていました。だからこそ、私がその扉を閉ざしてしまってはいけない、このバトンをちゃんと次の世代に渡さないといけないな、という気持ちがあります。親の仕事というものは、子どもの年齢によって中身は変わっていくけれども減ることはなく、保育園、小学校と年齢ごとに変わる生活時間に対応するのも大変ですが、子どもが私のところに生まれてきてくれたこと、両親や夫、ベビーシッターさんなど、協力してくれる方々に感謝して、日々を過ごしています」