大相撲5月場所は、大穴中の大穴、37歳になる平幕の旭天鵬勝の優勝で幕を閉じた。古いヨーロッパの映画「月世界旅行」に出てくるお月さまのような顔をしたこのお相撲さんは腰高で、脇も甘く、とても優勝する器量には思えなかったが、星のつぶしあいもあって漁夫の利を得たのだ。

しかし、これは、新たなる相撲界の危機の予兆だと思う。これまで土俵外での情けない事態が進行した相撲界だが、これからは相撲そのものが危うくなりそうだ。
言うまでもなく、それは土俵の主役として相撲界を引っ張ってきた横綱白鵬の衰えである。大相撲が曲がりなりにも興行を続けることができたのは、この一人横綱が白星を積み重ね、第一人者としての体面を保ってきたからだ。彼がいなくなれば、土俵は闇に包まれよう。

5月場所は史上初の6大関だった。しかし、この6人の大関は、自分が横綱になる日がくるとは考えていないのではないか。大関だけでなく、前相撲から三役力士まで、横綱になれると思っている力士は今、いないと思われる。

それは、今の横綱への昇進基準がかつてないほど厳しいからだ。内規上は二場所連続優勝またはそれに準ずる成績となっているが、優勝しても星が低かったり、相撲内容が悪かったりすると横綱審議委員会から「待った」がかかる。
もう十数年も前の話になるが、大関二代目貴乃花が14勝、11勝、14勝と続けたが横綱になれなかった。横綱審議委員会が「11勝は優勝に準ずるとはいえない」と言ったからだ。貴乃花は翌場所全勝優勝して、横綱に昇進したが、千載一遇のチャンスを逃す可能性さえあった。

なぜ、こんなに昇格の基準が厳しくなったか。それは双羽黒光司のトラウマが大きいと思う。双葉山、羽黒山という立浪系の二人の大横綱の名を背負ったこの力士は、抜群の素質を持ち、12勝、14勝(優勝同点)と言う大甘の成績で横綱に昇格した。しかし昇格後、双羽黒は優勝できなかったばかりか、親方と喧嘩をして廃業させられてしまったのだ。

相撲協会、そして横綱審議委員会の顔は丸つぶれになった。

このことがあってから、協会も横綱審議委員会も簡単に横綱を作らないようになったのだと思う。

私は横綱審議委員会と言うのは、「タニマチ代表」でいいと思っている。素人なりに相撲界のあるべき姿に助言を与える存在だ。横綱についても、相撲界の発展を念頭に置いて承認すれば良いと思う。

しかし、最近の横綱審議委員会は、あたかも自分たちが昔の枢密院の元老であるかのようにふるまっている。「相撲界の権威我にあり」とでも言わんばかりだ。

朝青龍という大横綱は、奔放な言動と暴力沙汰で土俵を追われたが、実質的には横綱審議委員会によって引導を渡された。沖縄の首里城に行けばみられる獅子のような容貌をした女流脚本家が、朝青龍を引退させて得意げな顔をしているのを見ると、何がそんなにうれしいのかと思った。
大きくもない体で、天才的な相撲勘とスピードで白星を重ねてきた横綱を、土俵から去らせたことの何が手柄なのかと。

もちろん、朝青龍のふるまいが常軌を逸していたのは間違いない。違法行為もあっただろう。しかし、規格外の大男が無茶をするのは、これまでもあったことだ。彼のように土俵外でいろいろな不祥事を起こした力士は数多い。もちろん、それで首になった力士もいることはいるが、再起したものも多いのだ。

師匠高砂(元大関朝潮太郎)の監督責任はそれほど問われずに、力士の首を切った。これはその後に薬物や八百長などの不祥事を起こした力士の大量解雇につながる悪しき前例だったと思う。不祥事を起こした力士を首にするのはやむを得ないとしても、それで禊は済んだと思うような感覚が習慣化したことが、問題なのだ。親方衆が弟子の首を差し出して、その場を逃れる悪しき習慣が定着したのだ。