作品を観てくれる方に損はさせない

仕事とは? Vol.74

俳優 渡部篤郎

「仕事とは苦しいもの」と話す渡部氏が、俳優の仕事を続ける理由は?


■みんなで考えた人物像に肉をつけ、血を通わせるのが俳優の仕事

心に深い傷を抱えている人物などひと癖ある役柄の印象が強いせいか、役作りも一風変わっているのではと先入観を持たれることもあるのですが、至ってシンプルですよ。仕事である限り、お芝居には作り手の意図がある。だから、まずはプロデューサーや監督のお話をじっくり聴き、台本を読んで、企画意図をできる限り踏まえます。

俳優の仕事は受け持った役を演じ切ることだと思っています。当たり前のことですが、僕が演じる役柄というのは僕だけが作ったものではありません。脚本家や監督、プロデューサーといった方々が練りに練って作り上げた人物像に肉をつけ、血を通わせるのが僕の仕事なんです。

もちろん、お芝居というのは「こう演じなければ」という決まりはないですし、俳優として僕にも役柄へのイメージが湧きますから、事前にかなり話し合います。その上で、どう演じるのかを少なくても3通りくらいは考えて現場に臨みますね。シリーズものでスタッフとの意思疎通ができていて、役のキャラクターも把握できている場合はひとつ考えれば大丈夫ですけど。

演じ方を考えるといっても、事前にみんなとすり合わせはしていますから、あまり突拍子もないことは考えません。打ち合わせの席で「こんな言い方はどうかな」「こうしたら面白いんじゃない」とアイデアを出し合ったりするので、最終的にどれになってもきちんと表現できるよう準備をしておくというだけ。納得できないものを受け入れることはありませんが、自分の感覚を押し出すことはないですね。

それにお芝居は全体のバランスで成り立っていますから、ひとりで役柄を作り込んでも、全体とのかかわりによって見え方は変わってくるものです。例えば、『外事警察』という作品で僕が演じた主人公・住本は秘密裏に対国際テロ捜査を行う警察官。基本はテロの脅威から国民を守るという使命感の強い男だと僕は捉えていますが、どこかつかみどころのない人物です。テレビ版と映画版で僕自身が住本を演じるアプローチはまったく変わっていませんが、物語のスケールも異なりますし、映画版ではテレビ版よりもほかの登場人物と向き合う場面が多いという違いがありました。共演者の方々の演じるさまざまなキャラクターとの絡みで、テレビ版ではあまり色濃く出ていなかった住本の一面が浮き彫りにされ、映画をご覧になって新鮮な印象を持たれた方も多かったようです。

俳優に限らず、自分だけで成立する仕事というのはないと思いますよ。特別なきっかけのようなものはありませんが、デビュー当時からそのことは意識してやってきました。とはいえ、相手の考えを大事にしつつ、自分のやりたいことをきちんと伝えるといったことが最初からできていたわけではありません。「こうすれば、もっと良くなる」と思ったことは若い時から遠慮せず言ってきたので、「生意気なヤツだ」と思われていたかもしれない(笑)。やはり、経験を重ねるうちに僕もさじ加減がわかってきたし、周囲も意見を聞いてくれるようになったのでしょうね。


■仕事はスポーツと同じ。苦しいけれど、好きだからやる

さまざまな作品に出演してきましたが、演じる時には、自分の演技が世の中にどういう影響を与えるのかということまでは頭が回らないですね。新たな作品に出合うたびに勉強しなければいけないことがいっぱいですし、ひとつの役を演じるというのはやはりすごく大変なことですから、そんな余裕がないというのが正直なところです。

それに、僕がお客さんだったら、映画から影響を与えられることを望みません。僕は小学生のころから年間100本くらい映画を観ていて、今でもよく観ますが、それは何かを学ぶためじゃない。楽しむためです。どこかを旅した気分になれたり、ハラハラしたり、日常にはない世界に連れて行ってもらえる感じが好きで映画を観る。ひとりのお客さんとしてのそういう感覚は、自然と演技にも影響しているとは思います。

僕たちの一番の仕事は作品をお客さまに届けること。お客さまが楽しんでくれる作品になるようできる限りのことはやりますが、お客さまにはそれぞれの感覚や好みがありますから、すべての人に自分の携わった作品を観てくださいとはお願いできないです。誤解を恐れずお話しすれば、「興味のある方は観てください」としか僕には言えません。ただし、観てくださった方には損をさせないつもりで仕事をしてきましたし、これからもそうです。

興行成績や視聴率も僕自身の仕事へのモチベーションには一切影響しません。数字や評価というのはビジネスを成り立たせるためには大事ですが、その作品を観たお客さまの満足度とはまた別かもしれないじゃないですか。視聴率が悪くても、観た方にはずっと愛されている作品というのもありますしね。だから、僕は一人でも観てくれる方がいるなら、いいお芝居をしていきたいと思っています。

『外事警察 その男に騙されるな』もそうですが、これまでにないテーマやスタイルの映画に出演できるというのは役者冥利に尽きます。仰々しいことを言うつもりはありませんが、日本の映画はもっともっといろいろな作品があっていいと思うんです。『コトバのない冬』(2010年公開)という作品で監督をしたのも、「“監督”と呼ばれる人だけでなく、いろいろな人が撮った作品があったっていいんじゃないかな」と単純に考えたからです。

若いころに故・伊丹十三さんや小田和正さんなど監督業以外の仕事もされている方たちの作品に出演させていただき、伊丹さんや小田さんの枠にとらわれない発想に触れてきたことも大きいかもしれないですね。特に伊丹さんの監督作『静かな生活』に出演したことは俳優としての転機となりました。僕は大江健三郎さんの長男・大江光さんをモデルにした主人公を演じたのですが、当時はまだいろいろなことが気になって、撮影中はこれでいいのかと自分の演技について迷うこともあったんです。それを監督に相談したら「真剣にやっているのだから、それでいい。映画は自由なんだよ」と言ってくださって励まされました。僕の根っこにはいつもこの言葉があります。

自由というのは、既存作品や評価など誰かが作ったものに依存しないということですから、苦しいです。理解してくれる方もいれば、そうでない方もいて、嫌な思いをすることもあります。それでも僕が仕事を続けているのは、好きだから。スポーツをするのと一緒ですよ。スポーツって苦しいでしょ。でも、好きだからやりますよね。

特に僕たちの仕事は決まったことをやるわけではないですし、勝ち負けも定年もない。いつまでたってもゴールにはたどり着きません。常に勉強だし、苦しいまま。でも、仕事というのはそういうもの。苦しくて、楽しい。だから、「ああ、これでひと安心」という保証みたいなものは一切必要ないと思っています。