「自分がストーカーになる」。そんな可能性を感じている人はいないでしょう。では、自分が総理大臣になる可能性やサッカー日本代表入りする可能性と比べてみるとどうでしょう。総理大臣や日本代表に比べたら、ストーカーになる可能性の方が幾分高くなるとおもいます。どちらにせよ、その可能性はゼロではありません。

 直木賞作家・井上荒野さんの書籍『だれかの木琴』に登場する主人公・小夜子はいたって普通の主婦でした。年齢は40歳前後で、旦那の光太郎はセキュリティー会社に勤務し、娘のかんなは中学生。そんなどこにでもある適度な生活と適度な幸福感に包まれた家庭で過ごしていました。もちろん小夜子自身は、ストーカーをするようなタイプではありません。

 きっかけは、小夜子がたまたま訪れた美容院で担当となった青年・山田海斗が送った営業メールでした。

 「またお店でお会いできるのを楽しみにしています」

 二十代半ばで、いかにも美容師然とした風体だったということ以外は取り立てて印象に残っていない海斗からのメールを受け取った小夜子は、彼のことを特に気に入った風ではなかったがメール返信。しかし、このメールのやりとりをきっかけに、小夜子は自分でも理解できない感情に突き動かされていきます。

 最初は何気ないメールのやりとりだけでしたが、段々とそれがエスカレート。執拗に海斗を求めるようになるのです。それは小夜子の娘や海斗、そして海斗の彼女をも巻き込んだものに。

 常軌を逸した彼女の行動は、次第にグロテスクなものへ。そして、夫の光太郎はその姿を正視できなくなるのです。家族を巻き込んだストーカー騒動の結末は......。


 普通の人が何の理由もなくストーカー行為をしてしまう。きっかけは、たまたま暇だったから、気分転換をしたかったから、誰でもいいからコミュンケーションをとってみたかったから......など、ほんの些細なことなのかもしれません。人の行動には理由のあるものばかりではないのです。小夜子に自分を重ねながら、ひょっとして自分がなるかもしれない「ストーカー」について考える良い機会になりそうです。



『だれかの木琴』
 著者:井上 荒野
 出版社:幻冬舎
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