NHK「平清盛」はなぜ面白くないのか(歴史作家 関裕二)

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 NHK大河ドラマ「平清盛」の視聴率が低迷しているのだという。

 その理由は「画面が汚い」などというものではあるまい。最大の原因は、複雑な人間関係と時代背景を丁寧に説明していないからではないか。背景には、いくつも歴史の大転換が埋もれているのに、話を「男女の愛憎劇」に矮小化し、ホームドラマに仕立ててしまったことが、敗因であろう。実にもったいない話だ。

 たとえば、平氏や源氏は天皇家の末裔なのに、なぜ平安貴族が蔑む、武家の道を歩んだのか。なぜ「穢れ」と忌み嫌われる殺生を引き受けねばならなかったのか。その理由が、描かれていない。

 さらに、「院政」をめぐる問題がある。ドラマを観ていれば、白河上皇(伊東四朗)が独裁者であることは理解できるかもしれない。だが、このような「院の独裁」や「親政」が、白河上皇の時代から始まった事実と理由が明示されていない。

 直前まで、藤原摂関家が朝堂を牛耳り、天皇の外戚として権力を掌握してきたのである。

 原則として、古代の天皇に「絶大な権力」は与えられていなかった。「ミウチ(外戚)」や取り巻きたちが、司祭王の側面が強い「権威に満ちた天皇」を補佐して政治を運営する体制が守られていた。真の実力者が、天皇の権威と結びつくことによって、安定した政権を維持することができたのである。

●壬申の乱以来の「実権」の変遷

 変化があったのは大海人皇子が壬申の乱(672)を制した直後。即位した天武天皇は天皇や皇族だけに権力を集中させる「皇親政治」を展開した。政策決定に大きく関与していた議政官(豪族)を排除したのである。

 ただし、これは律令制度を整備するための暫定的な強権発動であって、法整備とほぼ同時に、実権は議政官(太政官)に移された。その太政官を支配していたのが、藤原氏や藤原摂関家である。

 ところが平清盛の時代、実権を握る者が、「藤原摂関家」→「院(上皇、法皇)」→「武家」と、一気に流転したのだ。ここに、知られざるドラマが隠されている。

 平安時代は、藤原氏(北家)の時代だった。彼らは天皇のミウチになることで、全権を掌握した。

 藤原道長に至っては、「欠けることのない望月(満月)」と豪語し、「摂関家は日本中の土地を手に入れ、もはや錐をさし込む隙間すらない」と、他の藤原氏にも、うらやましがられたほどである。

 ところが、藤原摂関家全盛期は、長続きしなかった。

 増長した藤原道長は、外戚の地位を、「道長の嫡流」だけの特権にしようと企んだのだ。だが、これが仇となった。「ミウチ」となる公卿が、目減りしていった。しかも、「藤原腹の皇子」も、まるで絶滅危惧種のように消えてしまったのである。

●「院」と「藤原摂関家」のせめぎ合い

 白河上皇の父・後三条天皇は、藤原摂関家を外戚にもたぬ天皇だった。この帝は摂関家と距離を保ち、院政をはじめたことで知られる(早逝したため、長続きしなかった)。そして、後三条天皇の子が、白河上皇だった。

 白河上皇の母も、藤原摂関家の出身ではなかった。だからこそ、白河上皇は、院政を敷いて、藤原摂関家を押さえこむことができたのである。

 平安時代を通じて、何回か藤原氏が外戚の地位を失っているが、そのたびに、天皇は藤原氏の神経を逆なでするような行動をとっている。長い間、藤原氏は天皇家と婚姻関係を重ね、天皇家はほとんど藤原氏の血で埋め尽くされたと言っても過言ではなかった。それにもかかわらず、なにかしらの理由(アクシデントに近い)で藤原摂関家や藤原氏が外戚の地位を失うと、その都度、天皇は反藤原的に振る舞った。そして、白河上皇の院政によって、摂関家は没落してしまうのである。

 白河上皇の独裁に対し、摂関家が巻き返しを図ろうとしたのだが、この「院と藤原摂関家の葛藤とせめぎ合い」こそ、物語の背後に横たわっていた「鍵」なのだ。

●大河ドラマの基本
 さらに、「誰が天皇の妃になって皇子を生むかという女同士の暗闘」が、この時代の権力闘争の要であったという「現代人にはわかりにくいかつての常識」を十分説明していないから、ドラマを観ていても政争の真相がつかめない。

 上皇と摂関家の暗闘は、やがて「上皇」「天皇」それぞれを、分裂した藤原氏が後押しすることで、藤原内部の骨肉の争いへと進展し、泥沼化していく。そして、紛争に利用され、振り回されていた武士が、「貴族のあさはかさ」に幻滅する一方、「自分たちの実力」に気づき、武士の時代を築いていくことになるのである。

 平氏や源氏は、天皇の末裔であるからこそ、藤原氏に邪魔にされ、地方に飛ばされ、危険で穢れた仕事を与えられたのだ。けれども彼らは土地と結びついて「真の実力」を手に入れた。武士が腐りきった貴族や官僚たちの社会を潰すことができるようになったのは、貴族のいやがる仕事を黙々とこなした結果なのである。

 これほど豊富な素材があるにもかかわらず、ドラマが陳腐なのは、「歴史そのものを再現するだけでおもしろい」という大河ドラマの基本を、忘れてしまったからではあるまいか。

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関裕二 Seki Yuji
歴史作家

1959年千葉県生れ。仏教美術に魅せられ日本古代史を研究。『藤原氏の正体』『蘇我氏の正体』『物部氏の正体』(以上、新潮文庫)、『伊勢神宮の暗号』(講談社)、『天皇名の暗号』(芸文社)など著書多数。

※この記事はニュース解説サイト『Foresight』より転載させていただいたものです。 http://fsight.jp/


※写真:清盛神社( By *Yaco* http://www.flickr.com/photos/yacoco/6030070132/ )