「駅弁」といえば、あなたはどんなお弁当を最初に思い浮かべますか。地元の駅弁、旅先で食べた人気の駅弁......全国にはさまざまな有名駅弁がありますが、横浜・崎陽軒の「シウマイ弁当」はその代名詞ともいえる駅弁です。

 しかし、このシウマイ弁当を生んだ崎陽軒が、その歴史の中で二度の大きな困難に直面したことは、あまり知られていません。一度目は、社屋を建てた直後に関東大震災によって崩れ落ち、二度目は、第二次世界大戦の横浜大空襲ですべてが灰に......。それでも今年創業104年目を迎えた崎陽軒について、流通ジャーナリストで中小企業診断士でもある金子哲雄氏は次のように話します。

 「今、日本の企業は、崎陽軒の弁当から学ばなければいけない。このロングセラー駅弁のように地元の人から熱狂的に愛され、ブランドイメージを確立したスーパーローカル企業の増加が、今後の日本を救うはず」

 今でこそ「シュウマイといえば崎陽軒」というイメージですが、もともとの崎陽軒は横浜駅構内の売店として、今のキオスクのように食料や雑貨の販売をしていたそうです。当時、横浜は開港して50年ほどしか経っておらず、名物もなにもなかったので、初代社長が名産品を作ろうとしたのがきっかけで"冷めてもおいしいシウマイ"が誕生しました。ちなみに崎陽軒の「シウマイ」という独特の表記は、初代社長の栃木なまりと中国語の発音が合致されたことによって採用されたのだとか。

 「家計調査というものがあるのですが、それで見ると横浜市民のシュウマイの消費量が全国1位なんです。全国的には、ギョウザとシュウマイを比較すると、どこに行ってもギョウザの方が上。唯一の例外が横浜です」

 崎陽軒の三代目社長・野並直文さんは誇らしげに話します。なぜ崎陽軒のシウマイはここまで地元の人たちに愛されているのでしょうか。その謎を紐解くため『なぜ今日もシウマイ弁当を買ってしまうのか?』では、中身を徹底分析しています。
 
 まず、最初に注目したのはご飯。シウマイ弁当のご飯は、炊くのではなく蒸気で蒸す技術によって、モチモチのおこわのような食感が生まれ、冷めてもおいしく食べられるのだとか。そして、容器に昔ながらの経木(きょうぎ)を使用することで、通気性が良く、ご飯からでる水分を吸収するので、白飯がいつまでもおいしく食べられるといいます。

 一方、主役のシウマイは意外とシンプル。豚肉とホタテを練り合わせることによって冷めてもおいしいシウマイが完成したのですが、シンプルだからこそ飽きのこないおいしさが生まれ、ひと口で食べられるようにサイズを小さめにするなど、お客さんへの気配りを忘れていないのもさすがです。

 ところで、シウマイ弁当は横浜の工場と東京工場の2ヶ所で作られているのですが、新しくできた東京工場では箱状のフタをかぶせてパッケージしています。一方、横浜の本社工場では、昔ながらの掛け紙とヒモで結んであり、その一つひとつがすべて手作業。昔から一緒に歩んできた横浜市民のことを思うからこそ、あえて効率化せず、手間ひまをかけているのだとか。まさに地元に根ざし、横浜市民を愛していることがわかるエピソードです。

 あとがきで著者のラズウェル細木氏は次のように締めくくっています。

 「取材をして見えてきたのは"身の丈にあった商い"のビジネススタイル。地元の人に食べてもらい、愛されながら会社も徐々に大きくなる。それはシウマイ弁当だけに留まらず、多くのロングセラー駅弁に共通する力でしょう」

 地元愛に溢れ、その土地ならではの食材が詰め込まれた駅弁。限られた最小限のスペースや条件だからこそ、作り手は試行錯誤し、素晴らしい駅弁が誕生してきました。小さな弁当箱を開けてみれば、そこには長引く不況や震災という困難を崎陽軒のように乗り越えるためのヒントが見つかるかもしれません。



『なぜ今日もシウマイ弁当を買ってしまうのか?』
 著者:ラズウェル 細木
 出版社:集英社
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