お客さまの要望をかなえる。販売員は五感を使った総合職

ビジネスパーソン研究FILE Vol.170

メーカーズシャツ鎌倉株式会社 金子知江美さん

「販売員は五感を使った総合職」と語る金子さんが目指す店舗づくりとは?


■“商品”ではなく“人”に会う目的で店に通うようになった、忘れられない原体験

おしゃれに目覚めた中学生のころ、母と一緒に買い物に出かけた地元の店――それが、メーカーズシャツ鎌倉本店との最初の出合いだった。
「目に飛び込んできたのは、きれいに並んだ清潔感のあるシャツの数々。素敵だなと思いつつも、値札を見るのは恥ずかしい年ごろでした。ところが、店内にはプライスポップがあって、どれも同じ値段。値札を気にせずに買い物を楽しめることにとても感激したんです」

始まりは、鎌倉シャツという“商品”の魅力。大学生になり、一人で店に買い物に行くようになってからは、接客してくれた“人”の魅力が加わった。
「私の中のぼんやりとしたイメージを会話からとらえて、『これですね』と見せてくれるシャツ。それがズバリ的中していて、自分が欲しかったシャツをあらためて気づかせてくれるんです。真似したくなるスマートな着こなしや、テキパキと動きながらもお客さまとの会話を心から楽しんでいる姿がカッコ良くて、『またこの人に会いたい』と思うようになったんです。自分は買い物をしてお金を払う側なのに、帰るときには思わず『ありがとう』と言いたくなる不思議な店でした」

服を買いに行くときの目的は、本来商品であるはず。ところが、金子さんはいつしかその人に会いに行くことが目的でメーカーズシャツ鎌倉本店に通うようになっていた。そして就職活動を始めたとき、偶然メーカーズシャツ鎌倉の募集情報を知り、運命を感じて入社した。

最初に配属されたのは、自由が丘店。上質のコットン生地や天然の貝ボタン、袖付けや脇の縫い合わせに巻き伏せ本縫い(※)を使用している鎌倉シャツの品質の良さは、お客さまに自信を持って勧められるし、接客業のアルバイト経験もあるので、販売スタッフとしてのスタートに不安はなかった。
「とはいえ、今までの接客は自ら声をかけにいく接客ではなかったので、最初のひと声をかけるのが意外に難しかったんです。自分自身も販売スタッフについて回られるのが苦手なタイプなので、どのタイミングで声をかけるべきか迷いました。勇気を出して声をかけると『見てるだけ』と言われ、落ち込んだこともありましたね」

客層は、ビジネスシャツを買いに来る男性客が中心。仕事や出張など忙しい合い間に立ち寄る人も多いので、声をかけなくてはお客さまを逃してしまうし、数分間というわずかな時間で要望をくみ取ってニーズに合ったシャツを紹介しなくてはならない。時間帯によっては、スタッフの人数に対してお客さまの数が上回ることもある。
「短時間でお客さまの要望をかなえる難しさ、1人のお客さまにべったりではなく、背後にいるお客さまにも気を配れるようでなくてはいけない。あらためて、接客の難しさを知りました」

(※)巻き伏せ本縫い=裏側に縫い代が出ないよう袋状に2度縫いする縫い方。縫い目が美しく丈夫で、肌にあたりがないため着心地が良い。


■お客さまと心を通わせることができた瞬間が喜び。自分のミスが縁で懇意になったお客さまも

次に異動した鎌倉本店は、来客もさることながら電話による問い合わせが多く、ときには電話でオーダーを受けることもあった。対面での販売とは違い、現物を見てもらうことができないうえ、サイズも細かく分かれているので、要望通りの商品をきちんと提供できるのかという不安は大きかった。
「あるとき、私が電話で受けた福岡在住のお客さまが、オーダーシャツをとても気に入ってくださって、3度も私を指名してリピートしてくださったんです。その後JR博多シティ店をオープンした際、そのお客さまが、もしかしたら私が販売応援に来ているのではと、私の名刺を持ってお店を訪ねてくださって。JR博多シティ店のスタッフからその話を聞いて、本当に感激しました。お手紙だけで一度もお会いしていないお客さまなのに、心を通わせることができたと感じたうれしい瞬間でしたね」

接客業にはクレームもつきものだが、自分のミスでお叱りを受けたものの、それが縁でリピーターになっていただいたこともある。来店した50代のご夫婦からご主人のシャツのオーダーを受けた金子さんは、生地見本の品番を間違って記入し、オーダーとは異なる生地で仕上がったシャツを送ってしまい、お客さまから「オーダーした生地と違う」とご指摘の電話を受けた。
「さすがに青ざめましたね。すぐに電話で謝罪し、作り直してお詫び状を添えて送りました。すると、奥さまが『誰にでも間違いはあるが、重要なのはその対処。美しい字で心のこもった手紙をもらい、あなたに接客してもらって良かったと思った』と電話をくださったんです。その後、私が羽田の東京国際空港ターミナル店に異動になった際には、わざわざご夫婦で来店してくださいました」

東京国際空港ターミナル店に異動したころ、上司に言われ、心に刻まれているのが「販売とは、五感を使った総合職である」という言葉。大切なのは、わずか数分間の接客でもお客さまの心に入り込み、「何か楽しかった。また来たいな」と心にとどめてもらえるような接客をすること。どんなに良質のシャツをそろえていても、その“何か”は接客でしか与えられない印象だからだ。
「それまでは内心、笑顔で『いらっしゃいませ』と言っていればできる仕事だと思っていました。でも『五感を使った総合職』という言葉を聞いて、目が覚めました。短時間で心を通わせるには、お客さまの要望を瞬時にとらえること。五感を使って些細なこともキャッチし、お客さまの状況や心理を察するようでなければ務まらない、奥の深い仕事なんだと気づきました」

東京国際空港ターミナル店のオープニングスタッフ経験を買われ、池袋ショッピングパークの新店舗オープンにも貢献した金子さんは、現在は店舗責任者として、社員3名、アルバイト2名と共に店の認知度アップに努めている。
「最終ジャッジが自分にゆだねられていると思うと、怖くなることはあります。社歴も社会人歴も浅いので、スタッフを教育できるとは思っていませんが、一緒に頑張ることはできる。だから、スタッフには『より良くしようと思って本気で起こす行動なら、失敗してもいいからやってみよう』と呼びかけています。開店約1年で店としての体裁は整いましたが、『また来たい』と思ってもらう店づくりはまだこれから。目標は、池袋店をもっと多くの人が集まる店にすること。スタッフと一緒に店づくりをする毎日を楽しんでいます」