『イラン人は面白すぎる!/エマミ・シュン・サラミ』(2012年4月20日発売/光文社新書)
実はサラミの相方の武井志門とわたしは飲み友達なので、この本のことを少し聞いてみた。てっきりサラミの談話を構成作家がまとめたのだろうと思っていたのだけど、正真正銘、すべて本人が書いたものだという。とても流暢な(流暢すぎる)日本語で。しかも、初稿では1000ページ分もあった原稿から余分なところを削ぎ落して、約240ページにぎゅぎゅっと凝縮しているのだ。こりゃおもしろいわけだよな!

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『イラン人は面白すぎる!』という本が面白すぎる!

エマミ・シュン・サラミという、ちょっと変わった名前の著者はイラン人だ。1980年、イランに生まれ、幼少期を首都テヘランで過ごしたのち、家庭の都合で10歳のときに日本へやって来た。イラン人が日本へ来るとしたら、普通は東京や大阪といった大都市を選ぶと思うのだが、なぜかサラミ一家は北海道帯広市に住みついた。
その後、どういう巡り合わせがあったのかはわからないが、NSC(吉本興業のタレント養成所)東京校第8期生となり、相方である武井志門と漫才コンビ「デスペラード」を結成する。

デスペラードの漫才は、基本的にサラミの語るイランの常識が、日本においては驚きの非常識になるというカルチャーギャップのおもしろさで笑いをとるスタイルのものだ。東京下町育ちの邪悪なキューピーちゃんみたいな風貌の武井と、頭にターバンを巻いた怪しいイラン人のコンビは、見た目からしてかなりのインパクトがあり、ライブでは着実に人気を集めつつある。
だが、彼らのネタにはアメリカの悪口や、イスラム教、国際テロ組織などのタブーを刺激するネタも多く含まれているため、テレビやラジオの表舞台に立たせてもらえる機会は、そう多くない。

タブーというのは、必ずしもその対象となる本人の訴えによって生まれるわけではない。むしろ、無関係な第三者によるお節介で否応無しに生まれてしまうことの方が多いように思われる。それは「ちびくろさんぼ」絶版事件を見ても明らかだ。デスペラードの漫才が国際的なタブーを扱っている、と思われてしまうのも、それと似ている。

たしかに、911のテロ事件は衝撃的だったし、日々報道される中東がらみのニュースからはヤバい雰囲気がビンビンに感じられる。1991年には『悪魔の詩』の日本人翻訳者が暗殺される事件もあった。こうした出来事が、イスラム教を一層近寄りがたいものとして、印象づけているということもあるだろう。

だけどサラミは知っている。イランはそんなに恐ろしい国家ではないことを。たとえ10歳までしか暮らしていなかったとはいえ、イランは我々日本人が思っているよりはずっと自由で、おもしろい国であることを。
そもそも、イランとイラクの違いをちゃんと理解している日本人ってどれだけいる? はーい、ボクもわかりませーん!

そこで、あらためてイランの本当の姿を知ってもらうため、サラミは襟を正して、というか、ターバンを巻き直して、この本を書いた。一人でも多くの日本人から、イスラム文化やイスラム教徒に抱くネガティブなイメージを取り除くために。

イスラム教において、アラーは唯一絶対の神であり、その教えは何がなんでも守るべきもの、と思っている人は多いだろう。だからこそ、異教徒であるアメリカと対立しているのだと。
でも、それならどうして同じイスラム教国家である周辺諸国から、イランは敵対視されているのか?

簡単に言えば、同じイスラム教でもイランはシーア派で、周辺諸国はスンニ派だからだ。
シーア派であるイラン人たちは、よく言えば陽気、わるく言えばテキトーで、「たとえ神がつくった法にさえ『逃げ道』をつくってしまう」という。

イスラム教5大義務のひとつ[礼拝]においても、イラン人は「私は今非常に体調が悪い、こんな体調で神に祈るのは逆に失礼だ」と神様に対して仮病を使ったり、「私は地面アレルギーだから、お祈りは治ってからにする」などとうそぶいたり、「オレは祈りたいんだが、女房がお祈りアレルギーで」と、教義自体を否定しかねないことを言ったりする。そりゃあスンニ派のイスラム原理主義者から目のカタキにされるわけだよな。
でも、だからこそイラン人は楽しくて、愛らしい。

こんな調子で、本書ではイランという国、そしてイラン人たちのおもしろエピソードが次から次へと繰り出されるのだが、でもちょっと待て!
あまりにも面白すぎるイラン人たちの生態、これって、どこまでホントなの?

たとえばこんなエピソード。
「僕の知人は、ある物乞いに施すために、わざわざオシャレな服に着替えて出かけていった。かつて『汚い服の人間に恵まれたくない』と物乞いに断られた経験があるためだ」
おもしろい! おもしろいんだけど、しかし!

たとえばこんなエピソード。
「各聖地ではスタンプラリーが行われ、五カ所のスタンプをもらうと金のボールペン、10カ所でふたこぶラクダの刺繍入りターバン、30カ所でペルセポリス(アケメネス朝ペルシャ帝国の都。世界遺産)の風景画入りランチョンマットがもらえる」
マジすか! 自分も聖地巡礼してみたくなるけど、いや、しかし!

たとえばこんなエピソード。
「ガキ大将みたいなヤツが『お母さ〜ん』なんて寝言を言うのはよくある話だが、腕っぷしが強くてクラスでも一目置かれているマジド君の寝言は、それとはひと味もふた味も違った。『四番目のお母さ〜ん』」
たしかに一夫多妻制の国だけどささ! そんな寝言って、ある!?

ゲラゲラ笑いながら読み進めるうちに、この本の著者が吉本興業の芸人だったということを思い出して「ハッ」となるんだよね。いくらイラン出身といっても、芸人の言うことだからなー。
でも、次第にそんなことはどうでもよくなる。この本を読み終える頃には、これまで心に抱いていたイラン人への偏見はすっかり消えているだろう。おそらく、今後、町でイラン人と会っても仲良くできそうな気がする。
といっても、イラン人とイラク人とパレスチナ人とサウジアラビア人と……の区別はつかないけどね。

ちなみに、著者のサラミくんはイスラム教徒として生まれ育ったわけだから、当然のことながらそれまで豚肉など食べたこともなかった。ところが、日本にやって来てから数日後、ある歓迎の席でうっかり特製かつとじ膳を食べてしまったという(トンカツなんて見たこともないんだから無理もない)。なんだかわからないままにガブリと齧りついてみる。

「ジューシーで攻撃的な肉と、甘くてやさしい卵の味わい」

そのあまりのうまさに感動した彼は、一分後に完食すると、あっさり信仰を捨てさった。
(とみさわ昭仁)