国歌斉唱問題から学ぶこと

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この記事は中原徹さんのブログ『最年少校長中原徹のブログ』からご寄稿いただきました。

■国歌斉唱問題から学ぶこと
今年の3月に和泉高校の卒業式がメディア(媒体)によって取り上げられましたが、5月8日の橋下市長とMBSの斉加記者さんとの間のやり取りの映像が数多くネット上で公開されています。

私も、このブログの読者の方々から下記のURLを教えていただきました。この画像へのアクセスだけでも現在120万件のアクセスを超えているようです。↓

5月8日登庁時市長囲み取材 『YouTube』
http://www.youtube.com/watch?v=3OKlJeer0PQ&feature=relmfu

この映像に関連して私のところにもたくさんのコメントが寄せられていますので、私の考えをお話させていただきたいと存じます。

今回の斉加記者さんと橋下市長との間の応酬は、下記の雑誌「SAPIO」の記事に関する橋下市長と陰山先生(現大阪府教育委員長)との間のtwitter上でのやり取りがきっかけになっているようです。↓

「口元チェック校長 一部報道機関は政治団体に近い存在だと指摘」2012年5月4日『YAHOO!JAPANニュース-NEWS ポストセブン』
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20120504-00000011-pseven-soci

3月の卒業式以降、「国歌斉唱のチェック」という論点につき、色々な議論がなされました。民放テレビにおけるコメンテーターの多くの論調は私に批判的でした。直接私のところにも約350件のコメントが来ました。およそ6割が賛意・応援、4割が反意・批判でした。

4割の批判のうち、ただストレスを発散したいかのような罵詈雑言だけを浴びせるコメントや、メディアによって都合よく編集された報道内容(正確に真実を伝えない内容)を前提としてなされた、誤解に基づくコメントもありました。罵詈雑言コメントは読み流しました。誤解に基づくコメントについては、非常に残念な思いでした(お一人ずつお話をしたいという気持ちでした)。一部のメディアが上層部のイデオロギーを強調して報道内容を編集することを改めて学びました。

罵詈雑言コメントや誤解に基づくコメント以外にも、礼儀正しく、丁寧な文章で批判していただいたコメントも多数ありました。歴史資料のコピーを送ってくださった方々、戦争に関する書籍を送ってくださった方々もおられました。いただいたコメント、歴史資料、書籍にはすべて目を通させていただきました。私自身、知らなかった歴史事実の指摘もあり、大変勉強になりました。この場を借りてお礼を申し上げます。

一方、冒頭でご紹介した斉加記者さんの映像が公開された後にいただいたコメントは、ほぼすべて賛意を示す応援コメントでした。コメントをくださった方々にもお礼を申し上げます。

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さて、私がなぜこの記事を書いているかというと、自分に都合のよいデータを紹介したいからではありません。今回の「国歌斉唱」問題で明らかになった日本人の考え方の違いを、どのように高校生に伝え、教育現場において活かすべきかという議論に昇華させたいからです。

卒業式から1か月経過した4月の入学式では、入学して来られる生徒・保護者の方々を混乱のない形で温かく歓迎させていただきたいという趣旨から、メディアの取材用カメラが入学式会場(体育館)に入ることをお断りしました。一方で、和泉高校はとりわけ公立高校ですから、メディアを閉め出して、情報を隠しているような誤解をされることも嫌いました。そこで、入学式の数日前に行われた職員会議をメディアに公開しました(MBS、NHK及び朝日新聞〈いずれも敬称略〉)に対して公開しました)。職員会議を学校が公開することは極めて稀で、各報道陣も「初めてではないか」と仰っていました。職員会議の公開に先立っては、教職員全員の同意を得ています。

色々なところで何度も申し上げておりますが、卒業式であれ、その後であれ、報道とは裏腹に、和泉高校では何ら大きな混乱はありませんでした(先日、和泉高校の2年生が朝日新聞にその旨投稿してくれて、新聞記事にもなりました)。誰も後ろめたいことをしていないのだから、職員会議を堂々と公開しようということになりました。公開に反対する教職員はゼロでした。

職員会議において私は以下のふたつのことを伝えました。

(1)正当な民主主義の手続きを経て出され、最高裁判所でも合憲(思想・良心の自由を侵害しない)と判示されている職務命令はやはり守るべきだ。卒業式/入学式は生徒を気持ちよく送り出す/迎え入れるセレモニーであり、そうであるならば個人のイデオロギーをアピールする場とするのではなく、しっかり起立して斉唱し、生徒を祝福すべきである。

(2)一方で、「日の丸」「君が代」に日本の歴史の負の側面が関連しているという考えをお持ちの方が仮におられるのであれば、ここは教育現場であるからそういった少数意見が封殺される場であってはならない。しかし、そのようなお考えを、式典で立たない・歌わないというような形でアピールをしても生徒の教育には何の役にも立たない。イデオロギーをめぐる大人同士の争いになり教育から離れてしまう。仮に「君が代」と日本の歴史の負の側面に関連があるとするならば、その考えの根拠となる史実は何か、資料を示しつつ生徒に情報提供すべきである。その際、ひとつの考え方に偏らないように、必ずご自身と異なる反対意見も情報提供しなければならない。実際に、私が2年前に和泉高校に赴任してから、そういった情報提供の場を設けるべく、「平和と国防を考える」という題名の特別授業(カリキュラム外の授業で、参加を希望する生徒に対してのみ行う授業)を毎年1回行っている。これまでも先生方に積極的な参加を求めてきたが、今後もこの機会を是非積極的に活用することで意見表明して欲しい。

国歌斉唱問題については、(1)の論点はすでに議論されていますが、(2)の視点はどこでも議論されていません。そもそも、国歌斉唱を拒む人々の思いは「2度と戦争を起したくない=平和を維持したい」という点に集約されると思います。この思いには私も大賛成、いや、おそらく日本国民すべてがこの思いを共有しているのだと思います。国歌斉唱反対派の人々は、なぜ「君が代」を斉唱することが府立学校の教員に義務付けられると、「戦争につながる=平和が維持されない」のかを史実をもって(希望する)生徒らに説明して欲しいのです。その際、偏った特別授業にならないように、反対意見もバランスよく紹介する必要があります。

高校を卒業すると間もなく選挙権が与えられます。高校生は「戦争」や「平和」を真剣に考える年齢です。「戦争」についても「平和」についても、相手国のある話です。つまり、平和を維持するためには、如何にして国を守るか、「国防(安全保障)」に対する考察が不可欠です。「国防」を考えずして「平和」は実現されません。勿論、ここでいう「国防」には、外交交渉、国連での発言等を通じた国際的な政治活動、経済政策、民間レベルでの国際交流・貢献、教育の国際化など、武力の保持・行使以外のあらゆる方法による国防を含みます。「平和」と「国防」のバランスをどう考えるか、国の要職に就く人達ですら頭を悩ませる難問です。だからといって、これからの日本の将来を担う若者がこの論点について思考停止をしてはいけないと考えています。

そこで、私は、2年前から、毎年「平和と国防を考える」という特別授業を希望の生徒を対象に行ってきました。詳細については、2年前(第1回)に取材にこられた毎日新聞の記者さんが作成した記事をお読みいただくのが一番よろしいかと思います。和泉高校のHPからです↓

「平和」と「国防」問題 特別授業で問いかけ
http://www.osaka-c.ed.jp/izumi/news/mainichi_heiwatokokubou.pdf

「平和」の授業では、私が長崎在住の被爆者の方々を訪ねてインタビューをさせていただいた映像を参加生徒に見ていただき、その後、弁護士をしていた私が、自衛隊・日米安保が憲法9条違反であるとする見解の根拠、反対に合憲であるとする見解の根拠などを盛り込んで憲法9条について解説します。「国防」の授業では、実際に自衛隊駐屯地に見学に行き、自衛隊員から日頃の活動内容をうかがったり、一緒に訓練をしたり、昼食を食べたりします。特に、昨年度は、東北の震災での活動内容を詳しくご説明いただき、大変参考になりました。

この特別授業は、毎日新聞の記事において正確に報道されているように、参加生徒をひとつの考え方に導くものではありません。高校生にありったけの情報を包み隠さず提供することにより、正解がひとつでない、あるいは正解に容易にたどり着けない難問を自分の力で考え始めるようにしてもらいたいのです。

残念ながら、日本の教育界では、「国防」という言葉を口にすることすらタブーになっています。2年前に「平和と国防を考える」企画をメディアに報道提供資料として公開する際にも、教育委員会から「国防」という言葉を題名から取れないかと強く進言されましたが、「国防」こそ若者が考えるべき論点であるのだから外してはいけないと反論し、残しました。案の定、一定のイデオロギーを持った集団からは嫌がらせを受けました。

私は、政界であれ、財界であれ、近現代史を十分に理解し、「平和と国防」に対するバランスの取れた識見を持つ人々がリーダーになるべきであると考えています。高校教育においても、近現代史と「平和と国防」の考察に力を入れるべきだと思います。近現代史を学ぶ際には、できるだけ多くの見解・解釈に触れる必要があります。日本の近現代史を否定する解釈、肯定する解釈、両方学ばなければなりません。そうでなければ、相手(国)の考え方が理解できず、交渉や話し合いをまとめることもできないからです。

こうした教育の欠如が、外交交渉等の様々な場面で実際に悪影響を及ぼしていると思われますし、「日の丸」「君が代」につき、好きか嫌いかだけの議論に終始してしまい、ときに第二次世界大戦の総括ができていないと言われるひとつの原因になっているとすら考えます。

私は、昨年、第2回の「平和と国防を考える」企画を実施するにあたり、10数校の府立高校の校長に対し、「希望する生徒がおられたら是非参加してみませんか?」と声をかけてみましたが、どの校長も乗ってくれませんでした。この企画に魅力がなかったのかも知れませんし、校内の反対派の先生が気になったのかも知れませんし、そもそも「平和と国防」を高校生が考える必要性はないと判断されたのかも知れません。ただ、私見としては、大阪の「グローバルリーダーズ(進学指導特色校)10校」は、グローバルなリーダーを育成するというミッションを有しているのですから、グローバルリーダーの卵にこそ、「平和と国防」について深く考えていただきたいと思っております(他校のことに差し出がましいことを言って大変恐縮ではありますが)。

教育現場における国歌斉唱問題については、公務員のルールの遵守について議論することも然ることながら、「君が代」賛否の人々の意見を、根拠のある史実と合わせて若者に紹介し、人材育成に活かすことが肝要ではないかと思うのです。

冒頭の映像の斉加記者さんは、上記の和泉高校の職員会議を取材された番組(VOICE)の編集責任者でおられると認識しています。VOICEさんは上記の職員会議を取材されていますし、私も上記の考えを何度も取材チームにご説明申し上げていますが、この点は取り上げていただけません。ただ単に、「卒業式と同じ『口元チェック』を入学式でもやった」という描写をなさるだけです。

強力な伝播力を持つメディアと、あまりに微力なこのブログとでは、もとより土俵が異なるのですが、せめてこのブログを見ている生徒・保護者・読者の方々には私の考えを理解していただきたくこの記事を書きました。

執筆: この記事は中原徹さんのブログ『最年少校長中原徹のブログ』からご寄稿いただきました。