警察による任意の事情聴取などで、きちんとした説明をしないまま指紋や顔写真をとる事例が多発している。個人情報が重要視される現代において、容疑者をまるで犯罪者扱いするようなこの行為は許されるべきものではないが、近年ではさらに“個人の究極のプライバシー”ともいえる「DNA情報」まで採取される事例が発生している。

 たとえば2009年8月、東京都大田区の資産家女性が殺害された事件で警視庁は、現場に残された犯人のものと思われるDNA型と照合するため、500人もの現場周辺の住民からDNAを採取した。DNA鑑定の高精度について、法科学鑑定研究所の山崎昭氏が解説する。

「血液や毛根のある毛髪、あるいは紙やボールペンなどに付着した皮脂などからもDNAを採取できますし、滅菌した綿棒で口腔内の粘膜をぬぐうことでも採取できます。日本人の場合、DNA鑑定によって約4兆7000億人に1人という確率で個人識別を行なうことができるといわれています」

 さらに近年の研究では、人種や身体的な特徴、さらには将来どのような病気になる可能性があるのかまで、ある程度わかってしまうほど進んでいる。つまり、濫用されれば人権侵害を引き起こす恐れがあるだけに、欧米ではDNA採取の対象者や罪名、データベースの運用の仕方などを法律で規定しているほどだ。

 一方、すでに約19万件の被疑者のDNA型情報が登録されている日本では、欧米と違って、法律ではなく「DNA型記録取扱規則」という警察の内部規則に基づく運用が行なわれているにすぎない。加えて警視庁では、国家公安委員長主催の「捜査手法、取調べの高度化を図るための研究会」最終報告(今年2月)の提言を受け、今年3月には、DNA型データベースを「抜本的に拡充」する方針を表明した。

 ここでいう「抜本的に拡充」について、警察庁は具体的な内容を明らかにしていないが、元北海道警察釧路方面本部長で「市民の目フォーラム北海道」代表の原田宏二氏は、こう懸念する。

「おそらく、警察庁はすでに逮捕した被疑者全員からDNAを採取するよう指示しているでしょう。現在、持ち主のいない放置自転車を勝手に乗り回すなどの『占有離脱物横領』や万引きの検挙が今の警察の検挙率を支えています。今後はそうした微罪で検挙した被疑者だけでなく、聞き込み捜査や参考人からでも、どんどんDNA採取を採取しようとする可能性があります」

 個人情報保護の問題に詳しい山下幸夫弁護士は、警察のDNA情報採取についてこう指摘する。

「被疑者だからといって、警察が勝手にDNA型情報をとることはできません。文書によって本人がDNAの採取に承諾するならともかく、その場合でも、情報がデータベースに登録されること、本人が死亡するまでそのデータが残り続ける可能性があることまできちんと説明する必要があります。しかし、そこまでの手続きを踏まないで採取している場合がほとんどなのではないでしょうか」

 DNAという究極の個人情報が、法律ではなく警察の内部規則で運用される現在の状況には疑問を抱かざるをえない。

(取材/西島博之)

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