オヤジくさくて、飲みにくい……。若い人がウイスキーに抱くイメージだった。ところが、2011年には、ハイボール缶だけで対前年比157%を売り上げた。衰退していたウイスキー市場に何が起きたのだろう。

高齢化し、衰退化していたウイスキー市場

これまで数多くの製品の栄枯盛衰を眺めてきて時折、興味深い現象に気づくことがある。例えば、多くの消費者の琴線に触れたヒット製品はブームが過ぎ去り、なりを潜めても、いずれ形を変えてリバイバルできるということである。

今回取り上げるサントリーのハイボールはまさにその典型といえる。ハイボールというと、50代半ばを過ぎた筆者の年齢では、古いにしえの響きがある。日本では、戦後間もない1950年代に洋酒ブームが起こり、日本中にトリスのソーダ割りを出すトリスバーがお目見えした。当時のサラリーマンは、洋風でお洒落なイメージのハイボールをたしなむことで、日ごろの憂さを晴らした。

その後、ウイスキーの飲み方が多様化し、水割りやオン・ザ・ロックが全盛となって、ハイボールは次第に影が薄れていった。ウイスキー類の販売量は83年まで上昇を続け、37万9000キロリットルを記録したが、その後は明らかな減少傾向となり、2007年にはピーク時のなんと約6分の1の6万5000キロリットルまで低下している(国税庁統計年報ウイスキー類の課税移出数量による)。

ところが近年、このウイスキー離れに変化の兆しがみえる。ウイスキー類の販売量は、08年には6万9000キロリットルとなり、09年には7万6000キロリットルとなって、07年比で約17%増もの市場の拡大がみられたのだ。

変化をもたらした要因の一つがハイボールのリバイバルである。サントリーは08年から角やトリスといったロングセラーのウイスキーを軸に新しい飲み方提案や秀逸なプロモーション活動を展開することによって、見事にハイボールを復活させ、昨今のわが国の飲酒シーンに新たな1ページを加えた。実際、09年10月にコンビニ限定で発売された角ハイボール缶は10年中に約270万ケース(約6480万本)が捌け、11年にはハイボール缶トータルで対前年比157%を記録している。

さて、このヒット製品はどのようなプロセスを経て、誕生したのだろうか。

サントリーの最初の課題認識は、若い人々が、ウイスキーを飲まなくなってきているという点だった。同社スピリッツ事業部ウイスキー部課長の田中嗣浩氏はこう語る。「ウイスキーのイメージ調査というものを毎年やっていたのですけれど、年々おやじくさいとか、飲みにくいというポイントが上がってきました」。

興味深いことに、顧客層の平均年齢も1年に一歳ずつ上昇していたという。つまり、ウイスキーという市場は、確実に「高齢化」し、「衰退化」していたのである。これに歯止めをかけねば先がない。その危機感から、同部で「角ハイボールプロジェクト」というものを立ち上げたのが08年夏のことであった。

ともかく若い人々にハイボールを飲んでもらうには、どうしたらよいのかを全国各地でリサーチし、検証していった。リサーチの結果を待つまでもなく、若者が飲みにいく場所は主に居酒屋だ。ところが08年当時、居酒屋にはウイスキーはほとんど置いていなかった。ビールや焼酎、チューハイなどは、よく売れるので用意されていたのだが、ウイスキーはクラブやバー、あるいはスナックなどで、中高年が氷の音を「カラーン」と響かせながら、馥郁たる香りを満足の表情で愉しむ代物だった。価格面でも、イメージ面でも若者には敷居が高く、居酒屋で扱う商材ではなかったのである。

このような「悪しき伝統」を打破するために試行錯誤の末編み出されたのがハイボールという飲み物であった。しかしターゲットである現代の若者にとって、ハイボールはまったく新しい製品である。まずこの製品のおいしさを知ってもらわなければ話にならない。同社では、08年末に行われた「角ハイボールプロジェクト」の発表会の場で、全国各地の現場トライアルから上がってきた成功事例をもとに、ハイボールのおいしい飲み方提案を決定した。それが「角ハイボールこだわり3ヶ条+1」というものである。

第1条は温度へのこだわりで、ジョッキいっぱいに氷を入れる。第2条は適度な炭酸圧を維持するため、冷やしたソーダを静かに注ぐ。そしてかき混ぜ方にも独特のこだわりがあり、縦に1回だけ混ぜる。第3条は、アルコール濃度で、ウイスキー1に対してソーダを4の割合で入れる。角のアルコール度数は40%で、1対4の割合で混ぜると、アルコール濃度は8%になる。氷のたっぷり入ったジョッキにそれを入れると、氷が解けて7%ぐらいのアルコール度数になる。これが後にサントリーが提案する黄金比率と呼ばれるもので、ハイボールが最もおいしくなるつくり方となった。さらに+1はレモン汁で、氷より先にレモンを軽搾りで入れておくと、程よい風味と酸味がつき、味が引き立つのである。

通常、ウイスキーの水割りは、ウイスキー1に対して、水2.5くらいの割合である。それゆえハイボールは、水割りよりもずっと薄くなっている。また角ハイボールジョッキという角の亀甲ボトルを模した容器を開発することで革命的ともいえる斬新な飲み方提案を行った。元来ウイスキーというと、「締めの酒」というイメージが強い。だが、サントリーでは、ビールの苦みを嫌う若者に着目し、「乾杯の酒」としてハイボールを提案したのだ。

結果は上々で、09年の本格展開後には、ターゲットとして想定していた若者層に飲んでもらえるようになった。さらに田中氏によると、「当初女性まで広がるということを想定していませんでした」という嬉しい誤算まであった。これは、同年10月から角ハイボール缶をコンビニで売り出したところ、居酒屋には行きにくい主婦層が触手を伸ばしたのだ。ここに「家飲み」という新たな飲酒スタイルが形成された。

わずかの間に、ハイボールというアルコール飲料の新ジャンルを確立した要因として、同社が展開した秀逸なマーケティング・コミュニケーション活動に触れないわけにはいかない。

「ハイボール始めました」というキャッチフレーズでタレントの小雪を使ったテレビCMは、高い注目度を浴びた。このCMに彼女を起用した理由は年齢が34歳と、主要ターゲットである30代男性と同世代であり、かつその年代層に高い人気を誇っていたからである。コンセプトは、「30代の男性の方々に、ああいう店でハイボールを飲んだらおいしいだろうなと思ってもらう」(田中課長)ところにあった。

また「ウイスキーはお好きでしょ」とバックに流れるやるせなさの残る魅惑的な歌唱は、同社が過去のCMで使っていたもののリバイバルだ。ただその際は石川さゆりが歌っていたのだが、ハイボールも昔のままでなく「少し新しくしている」という意を込めて、ゴスペラーズにカバーしてもらっている。このCMは、コピーとBGMとの絶妙のマッチングにより、ターゲット層だけでなく年配の方々にも受けがよく、あの店に行ってみたいという声が多く上がったそうだ。現在、このCMのメーンキャラクターは、菅野美穂に代わっている(11年9月より)。変更の理由を尋ねたところ、ハイボールの浸透度が高まったからなのだという。バーや居酒屋のような外だけでなく、家庭でも気軽に飲んでもらえるイメージを普及したいがゆえに、庶民的で明るいイメージの菅野美穂にしたというのだ。コピーも、小雪のときのような完璧なハイボールをつくるというのではなく、慣れない新米店長が、ぎこちなくハイボールをつくるというストーリーである。これにより家庭への親和性を高め、ハイボールは誰でも家庭で手軽につくれておいしく飲めるということをアピールしたかったのだという。

時代を反映してWebを有効活用したマーケティング・コミュニケーション戦略も実行している。特筆すべきなのが、ブロガーイベントだ。これは角ハイボールプロジェクト発足当初(08年夏)からすでに始められており、情報発信力のあるブロガーを蒸留所などに招待してウイスキー製造工程を見てもらい、実際にハイボールを体験してもらうというイベントだった。かなり大規模なもので、ブロガーを通じて呼びかけたところ、全国7地区で合計1万800人が試飲に参加し、その印象がブログにアップされた。広報部の日色由紀子氏によると、「ブロガーさんたちは、こだわりが強くて、グラスをしっかり冷やすとか、氷はたっぷりとか、そういうことにすごく共感していただいて、皆さんが記事を書いてくださいました」とのことだ。

また前記の通り、ハイボールのつくり方に関しては、この製品の本質を握るまさに生命線をなすものなので、「おいしい角ハイボールの作り方ムービー」というものをサントリーでは作成し、ホームページ上にアップしている。これは、小雪が上記の「角ハイボールこだわり3ヶ条+1」にそってハイボールをつくる過程を披露したものである。このムービーのURLをブロガーたちが記事中に貼り付けることによって、口コミの輪は大きく膨らんでいった。YouTubeにアップされてからは、わずか1カ月で105万2935アクセスと、広告費に換算して約1億円分の価値を生んだという。

リピーターとなるのはどんな顧客か

さらに同社の取り組みで興味深いのは、料飲店自体を「体験メディア」と位置づけ、積極的に広告手段に活用している点だ。テレビCMのイメージとかぶる小雪や菅野美穂のポスターを居酒屋にベタベタと多数貼ってもらい、来店客にハイボール体験を促したのである。08年時点ではまったくといってよいほどハイボールの取り扱いがなかった居酒屋が09年末には6万店に増え、今では実に18万店にも上っている。このポスターが誘引するハイボール体験効果は決して小さなものではないだろう。

チャンネル面では、ハイボールを専門に取り扱う「ハイボールバー」という新業態を開発している。ここでは、小雪の広告イメージと同じような長いバーカウンターを設置し、ハイボールタワーという炭酸ガス圧の高いハイボールをつくれるマシンを常備して、角だけでなく山崎、白州、ジャックダニエルなど6種類のウイスキーのハイボールをつくれるようにしている。現在、この業態は新橋、浜松町、赤坂など5店舗だが、さらなる展開を目論んでいる。

ただ、このハイボールバーはサントリーの直営ではなく、すべて別にオーナーがいる。それゆえ、同社では製品のコンセプトに合わせた従業員教育や店づくりの提案もあわせて行っているのだ。実はハイボールバーに限ったものではなく、新製品を出す際にこの種の教育はとても重要だ。

ウイスキー部では09年7月から1カ月間、居酒屋で角ハイボールを飲んだ人を対象にQRコードを使ったアンケート調査を実施している(合計6518サンプル)。ここでは、氷、アルコール濃度、炭酸などについて満足度を尋ねているのだが、それらに対する満足度が高い人ほど、リピーターになる比率が高くなるという結論を得た。

また同部で毎月実施している首都圏Web調査でも、リピート率を高めるための料飲店教育の重要性を示すデータが得られていた。この調査では、20〜50代の男性600人に角ハイボールの飲用経験を尋ねているのだが、09年の3月、4月には、飲むのを「中止したい」とする人の割合が目立って増えていた。この理由は、同時期にハイボールの取扱店舗が一気に増え、「3ヶ条+1」が守られなくなったからである。そこで、同社では「3ヶ条+1」普及運動を始め、おいしい飲み方のステッカーを作成し、品質チェックのためのアフターフォロー等を強化した。これらの努力によりその後中止者は減少し、対照的に試飲者やリピーターが増加していったのである。

ハイボールという「古の製品」は、新たなターゲットの発見、地道な飲用品質の向上、そしてテレビCMとブログとのコラボによる立体的なコミュニケーション活動等によって、「古くて新しい製品」として見事にリバイバルを果たしたのであった。