『長嶋有漫画化計画』 原作:長嶋有/光文社
芥川賞作家長嶋有が、自ら作家を選んで編集した『長嶋有漫画化計画』。コミカライズじゃないのですよ、漫画の持つ「甲斐」の力を引き出した一冊!

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「猛スピードで母は」で芥川賞をとり、「夕子ちゃんの近道」大江健三郎賞を取った長嶋有が、面白いことをしている。
2001年デビューした長嶋有は、昨年で作家業10周年。基本は純文学の作家ですが、ただ小説を書き続けるだけではなく、多様な方面に足を伸ばし始めたのです。もともとコラムニスト「ブルボン小林」としても漫画やゲームのコラムを書いていましたが、ちょっとベクトルが違う。
一つは、自分で「コミPo!」を使って作った漫画「フキンシンちゃん」の連載。漫画家になってしまった!
そしてもう一つが、今回紹介する『長嶋有漫画化計画』。
自分の作品を、いろいろな作家の手によって漫画化するという試みです。

この解説だけ「ふーん、小説のコミカライズしたんだー」で終わってしまうかもしれませんが、ここは力をこめていいたい。
コミカライズと違うんだよ。漫画化なんだよ。
まあ言葉の意味的には同じですが、昨今言われているコミカライズとは根本的に違うんです。
何が違うかというと、すべての作品の編集に長嶋有本人が関わっていることなんです。
これってありえないことですよ。小説のコミカライズ自体は出版社で企画して行われる事が増えましたが、作家の選定から漫画そのものの編集、本の装丁まで全部作家自らがやるというのは異例の事態。
失敗すると自己満足になってしまう恐れのあるやり方ですが、この本は「大成功」だと言えます。元の小説、漫画家のイメージ、打ち合わせの中で生まれた新しいイメージが化学反応を起こし、それぞれの作品が「漫画」として非常に面白い出来になっています。

まず執筆陣の人選が非常にユニーク。
萩尾望都や吉田戦車といった超大御所から、デビューしたばかりのウラモトユウコまで、年齢層もキャリアも様々。
またカラスヤサトシ、うめ、小玉ユキ、陽気婢と、びっくりするほど活躍する場がバラバラの作家陣が集まっています。こりゃどういうことなんだ?!
実はこの漫画化計画の大きな目的の一つが、長嶋有流「この漫画家がすごい!」なんですよ。
長嶋有が選ぶ、いい漫画家紹介本、なんです。
もちろん描いているのは長嶋有作品なんですが、それぞれの作家の持ち味を殺さず、むしろ最大限に活かしているのがポイントです。。

たとえば「夕子ちゃんの近道」はカラスヤサトシによって描かれていますが、出てくるキャラクターはいつものカラスヤサトシキャラ(目が細くておどおど笑っている男性)。他がフルコマの漫画なのにこれだけ4コマ漫画。フリーダム!
「夕子ちゃんの近道」は原作が、すぐそばにある日常を楽しく、だけどシビアに切り取った作品。しかも主人公には「顔」が隠蔽されている。さてどうしたものか。
そこでカラスヤサトシと長嶋有が打ち合わせてとった作戦が、普段のカラスヤサトシ顔に風呂のかき混ぜ棒を持ったまま、重たい現実の中をウロウロすることで、のほほんとした笑いに昇華するというテクニック。
これは漫画でしかできないのです。
吉田戦車による「ジャージの二人」なんて、これ原作が長嶋有って言われなかったらわからないレベルで吉田戦車ワールドですからね。存在感ありすぎの、小学生ジャージを着て首にジャージの下を巻きつけたお父さんの絵柄一つだけで、世界が完成しているあたり大笑いです。笑っていい作品だったか忘れてしまいそうになるくらいに。

長嶋有による漫画の作品ポイント解説(注・原作の作品解説ではないのがミソ)と、編集過程で感じたことを書いたコラムがこれまた非常に面白いんですよ。
漫画を編集するときにこんなことがあるのか、と……いや、通常の漫画雑誌だったらこんな編集しないでしょうね。
すでに完成された小説と、それを自由に漫画家の力量に任せつつ良いものを作ろうとして組み上げる作業があったからこそのやりとりです。

ここがもう一つの、このプロジェクトの鍵である「甲斐」という言葉。
何回か解説の中にも出てきますが、普通は使わない言葉ですね、「甲斐」。甲斐性の甲斐です。はっきりした言葉で置き換えることは出来ませんが、持ち合わせている能力、とでもいいましょうか。
長嶋有は自分が10年間小説を書き、数多くの作品を作り、賞を取る中で小説の「甲斐」を見つけました。と同時に小説ではなしえない「甲斐」も見つけてしまった。
そこで今回の漫画化計画です。
最初に「コミカライズではない」といったのはここにもあります。実はこの本に載っている作品で、小説全編が漫画化された作品は一作品(100%ORANGE「女神の石」)だけなんです。小説を全部漫画にして、小説の内容を読んでもらうことを主としてないんですよ。
あくまでも、一番重要視しているのは、漫画の持つ「甲斐」と、小説のもつ「甲斐」をあわせて、新しい「甲斐」を見出すこと。
なので、小説原作を読んでいて楽しめるのはもちろんですが、全く読んでいない人でも十分楽しめます、一作一作がきちんと「作品」として完結しているからです。

個人的にグッときたのは、陽気婢「エロマンガ島の三人」、小玉ユキ「泣かない女はいない」、うめ「パラレル」、そして島田虎之介の「猛スピードで母は」。
「エロマンガ島の三人」にエロ漫画家陽気婢を起用するのはずるい!うまい!うれしい。また陽気婢という作家の品のよさが見事に功を奏して、妙な解脱感のある、不思議な作品に仕上がってます。あ、エロ漫画じゃないですよ!
小玉ユキは、下手に変化球にせず、いい意味でいつもの通りの男女を描き上げることによって女性の悲哀をまとめました。これも漫画の持つ甲斐でしょうか、キャラクターの仕草だけで人間関係の機微を描いています。
うめの「パラレル」から漂うBL臭はなんだ、面白すぎるぞ、と思ったら、打ち合わせ時に「BLにしましょう」と最初から決めていた様子。あっはっは。なんでもありだな! 最後のコマのBLっぽさは必見。こういうのも「甲斐」ですね。
島田虎之介が描いたのは、もう多くの人が知っている長嶋有の代表作。果たしてどう漫画化するのかとおもいきや……絵ってすごいんだよ。無国籍感あふれる別世界になっちゃってます。これどこの国ですか。北海道ですよ。
また「母」がすごいかっこいいのがイイ。母さんじゃないんです、母なんです。クライマックスはまるで洋画のヒロインのよう。

小説が好きな人は、是非読んで漫画化することの面白さを知ってもらいたい。
漫画が好きな人は、その他の漫画家の持つ味を楽しんでもらいたい。
そして、原作の小説を読んで見比べてもらいたい。
何度でも楽しめる非常にチャレンジ精神あふれる一冊になっています。漫画の、漫画家のもつ「甲斐」を心から愛する小説家だからこそできる、非常に柔軟でユーモアに富んだ作品集です。

この企画はほんと行動力と漫画愛(そして知名度)がないと出来ないだろうなーと思うんですが、他に「漫画化(not コミカライズ)」をやってみたいなあという作家さんがいたらどんどんやってほしい、というのが一読者としての思いです。
(たまごまご)


うめ、ウラモト ユウコ、衿沢 世衣子、オカヤ イヅミ、カラスヤ サトシ、河井 克夫、小玉 ユキ、島崎 譲、島田 虎之介、萩尾 望都、100%ORANGE、フジモトマサル、陽気婢、吉田 戦車、よしもとよしとも、藤子不二雄(A) (著), 原作 長嶋 有
『長嶋有漫画化計画』