江戸時代には海が見えた九段坂

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さて今回はまた場所をがらりとかえて、九段坂をぶらりとしてみたいと思います。なんていうか桜のシーズン到来ということもあり、ぱっとひらめいた場所がこの九段坂ということなんですけどね。
ご存知のかたも多いとは思いますが、九段坂は東京メトロ九段下駅の出口に直結している坂道で、近くには日本武道館や靖国神社そして桜の名所として知られている千鳥ヶ淵にそれぞれ途中で接しているという坂道です。
ただここでは、一般的な観光スポット情報を載せてしまっては元も子もない(みちくさ的でない)ので、やはり坂道中心にかいつまんで話をしてみたいと思います。
そして、もちろんこの坂も(実は)富士見坂でもありますので、そのあたりのことも最後のほうに取り上げてみたいと思いますのでお楽しみに。

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さっそくですが、写真1は坂下から坂上のほうを眺めたものです。
片道3車線というかなりの道幅の坂道で、高低差も道が長いのでわかりにくいですが、けっこうありそうでした。

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写真2はすこし坂を上り、坂上のほうを見たものです。こちらはちょうどメトロ九段下駅の出口から地上にでた時に出会う風景でもあります。
写真は今回載せてないですけど、この左側には牛ヶ淵(お堀)があり、そのむこうには日本武道館も見えていました。おそらくコンサートや入学式などのためにここを歩いたことあるかた多いかもしれないですね。

くだんざか・うしがふち

そして、いきなりですが浮世絵です。
こちらは葛飾北斎の描いた「くだんざか・うしがふち」なる浮世絵で、おそらく写真2とだいたい同じような場所(視点)からのものだと思われます。
実はこの絵、坂の途中にこの絵とともに立派な案内板が設置されていたりします。
せっかくなのでその一部を抜粋してみると、『右側の黄土色の急な坂は九段坂で、かっては"九段"のゆるやかな段がついていたという。この坂道に面して石垣と長屋塀の武家屋敷があり、坂道には人や家々などの陰が描かれている。その左の濃緑色の崖はさらに高く誇張し、画面の左半分は、はるばると遠景を見通す変化に豊んだ斬新な構図となっている。この画の特徴は樹木や崖に描線を用いず、陰影をつけて立体感を表そうとしているところである。左の崖は上方が千鳥が淵、下は牛が淵、その中間を左に入る道は田安門に続き、現在は武道館への入り口となっている。』とありました。
かつてはこの九段坂の絵のように誇張はあるにせよかなりの急坂だったようです。ただ明治四十年にこの坂を電車が通るようになり、大正十二年の関東大震災後の改正工事でさらに勾配はゆるやかになり、坂の中央を電車が通るようになったとのこと。

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違った場所から坂下を見てみるとこんな風景が広がっていました。(写真3)
おそらく歩いていて、ここからが一番坂道を見わたせることができる場所で高低差もけっこう感じられる場所なのかなあと思います。
またこのすぐそばには、坂の名の由来がかかれた坂の碑がありました。
『この坂を九段坂といいます。古くは飯田坂ともよびました。「新撰東京名所図会」には"九段坂は富士見町の通りより、飯田町に下る長坂をいう。むかし、御用屋敷の長屋九段に立し故、これを九段長屋といいしより此坂をば九段坂といいしなり。今は斜めに平かなる坂となれるも、もとは石を以て横に階をなすこと九層にして且つ急峻なりし故車馬は通すことなかりし"とかかれています。坂上は観月の名所としても名高く、一月、七月二六日、夜待ちといって月の出を待つ風習があったといいます。』
昔は月見の名所でもあったんですね。今はどちらかというと桜の名所のようなイメージがありますけど。
ちなみに右側にみえている「昭和館」なる建物、実は知る人ぞ知る有名建築だったりしますので、興味あるかたは検索でもしてみてください。

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次はすこし坂を上り、坂上のほうを眺めてみました。(写真4)
もうこのあたりまでくると勾配具合もかなりゆるやかになっていましたが、なんといっても道沿いの桜並木の景色がなんとも気持ちのいい感じでした。
場所的には右側に靖国神社への入口、左側は日本武道館への入口でもある田安門があるということで、人通りは半端なく多かったです。
しかも多くのみなさんの目的はおそらく散歩。(笑)


写真5

今度は写真4とだいたい同じ位置から、坂下のほうを眺めたものです。(写真5)
夏になったら街路樹にも緑がついていい感じになるんですかね。
遠くの高層ビル群もけっこうしっかりと見えていました。

08_記事24_九段坂見はらし高灯籠九段坂見はらし高灯籠

で、この絵ですよ。
歌川広重(おそらく3代目)が描いた古今東京名所シリーズの「九段坂見はらし高灯籠」なるものです。
もうここまでくるとやけっぱちですが(笑)、また説明いれるとですね、絵の左に灯台らしきものがありますが、これが高灯籠なるものです。要はそのままですが灯台ですね。
実はここ「くだんざか・うしがふち」の絵にもあったとおり、かなりの高低差があった場所で昔は高灯籠もきちんと灯台の役目をはたし、ここから海に浮かぶ白帆まで見えたとのこと。
ということは、かつてここから海も見えたということですね。
なので(びっくり事実なのですが)、ここは潮見坂でもあったと言うこともできるわけです。
また絵は坂下のほうを眺めた構図になっています。そして絵の高灯籠、実は移転されてますが今も残っていて、写真4の左のほうになにげに見えていたりするんです。
というわけで、この坂が潮見坂であったいう記憶もしっかり残っているというわけですね。

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そして、桜並木の道をてくてくとすこし歩き、坂上のほうまで一気にやってきました。
写真6はそこからさらに坂上方向を見てみたものです。
じつはここ、地図で確認するとこの道路の軸線がちょうど富士山方向に向いていたりします。
でもどの坂道本を探してもここから富士山が見えたという記録もないし、そんなことを書いている人もいないのです。
なので僕自身、ここを歩くたびにもしかして?という疑問はあったにせよ、それを証明することができなかったのですが、昨年ふと出会った『「富士見」の謎』という本にこの場所から富士山が見えるということが写真つきで書いてあるではないですか!
というわけで、この坂からも富士山がみえることがほぼ確定したわけですよ。しかも昔だけでなく今でもです!
かつての月の名所に潮見坂、そして現代の桜の名所に富士見坂・・・。なんかいろいろ楽しいい坂だったんですね、この九段坂。

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あっ、そうそう最後にですけど、坂上あたりから坂下のほうみると、なんと東京スカイツリーがぽっこりと坂の向こうに見えていましたよ。


住所
千代田区九段南