4月6日、約1年ぶりのリングに立つ長谷川穂積。2階級を制した男が、それでもまだ闘い続ける理由とは

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 約1年ぶりに長谷川穂積がリングに帰ってくる。今、その腰にチャンピオンベルトはない。ただ、かつて“絶対王者”と呼ばれた男には、今もオンリーワンである自負がある。前座での再起戦にかける思いを聞いた。

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■ボクシングの神様、俺は強いですか?

 胸部に痛みを感じた瞬間、長谷川穂積は悟った。「折れた」

 昨年12月17日に予定されていた復帰戦のわずか2週間前。スパーリングで右脇腹にパンチを浴び、長谷川は顔を歪(ゆが)めた。激痛のなか、最初に思ったのは「試合までに痛みはひくか?」だった。

「試合をやりたかった。やりたいという以上に、『やらなければいけない』と思った。契約があり、会場も押さえてあり、テレビ放送も決まっている。何よりチケットをすでに買ってくれた人がいる。プロならば、やらなければいけない。それに――」

 しかし、痛みのため日常生活すらままならなかった。ギリギリまでリングに上がる道を模索するも、ケガから3日後の朝、試合決行を断念する。神戸市内の病院で検査すると、予想どおり右第7肋骨(ろっこつ)が折れていた。

「ヘコみました。でも、誰が悪いんじゃない。ケガをした自分が悪い。この状態で試合をしたら、対戦相手とではなくケガと戦うことになってしまう。楽しみにしてくれていたファンの方には本当に申し訳なかったです」

 控えていた試合にベルトがかかっていたわけではない。それでも、長谷川には是が非でもリングに上がりたい理由があった。リングの上で、たったひとつのことをボクシングの神様に聞くために。

「神様、俺は強いですか?」

 長谷川が、5年間君臨したWBC世界バンタム級王者の座から引きずり下ろされたのは、2010年4月のこと。ベルト奪還を期し、階級をふたつ上げフェザー級へ。だが、同年11月に決まったタイトルマッチのわずか1ヵ月前に、最愛の母が逝く。そんな逆境のなか、試合に挑み、飛び級での2階級制覇という日本人初の偉業を成した。しかし、それから約4ヵ月後の初防衛戦で再び王座陥落。

 1年間で2度の敗北を喫し、長谷川の頭には“引退”の文字がよぎる。それでも、リングを降りることはしなかった。

「2階級制覇後、母の死を受け入れるための時間が欲しかった……。(初防衛戦直前には)東日本大震災も起こってしまい、『ボクシングをやっていていいのか?』という思いを引きずり、戦う意味を見いだせないままリングに立ってしまった。このままでは終われない。自分は強いのか? 弱いのか? 自分だけがわかればいい。だから、観客がいなくてもいい。誰かのためじゃなく自分のためだけにリングに立ち、ボクシングの神様に『俺は強いですか?』と聞きたい」

 昨年に予定されていた復帰戦直前、長谷川はそう語っていた。そして、新たな試みとして、WBAスーパーミドル級元世界王者、フランク・ライルズをトレーナーとして招聘(しょうへい)。

「ずっと(真正ジムの)山下会長と二人三脚でやってきました。でも、知らないうちにマンネリになっていた部分があったと思う。まったく違う角度からのアドバイスと刺激が欲しかった」

 ただ、ライルズの指導は、新しい技術の習得よりも、基礎の反復に大半の時間が費(つい)やされた。

「例えば打ち終わりのガード。本当に基礎中の基礎。ボクサーにとって当たり前のことを忘れていたり、おざなりになっていた部分がいろいろあった」

 新トレーナーは、「長谷川は近年、攻撃偏重で防御を忘れがちになっていた」と語る。ただ、その悪癖は、長谷川が多くのものを背負い続けたための代償だった。所属する真正ジムの関係者は、本人の思いをこう代弁する。