被災地のガレキ処理をどうする? 人食いザメの恐怖 【文春vs新潮 vol.36】

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[文春] 被災地のガレキをどうするのか。「『震災復興』不都合すぎる真実」という記事で、田中康夫さん(衆議院議員)と松本健一さん(元内閣官房参与)、そして泉田裕彦さん(新潟県知事)の三氏が被災地のガレキについて議論している。

田中さんは、被災地のガレキを全国の「絆」で処理させようとする政府の方針に疑問を投げかける。ガレキ処理の遅れは、「ガレキを被災地でどうやって処理するのか、政府が工程表として詰め切れていない」ことが原因だと指摘する。さらに阪神・淡路大震災では2000トンのガレキが発生し、それを「ほぼ1年」で、かつ「域内処理」している事例を紹介。「地元主体の『地産地消』で復興を進め、全国の建設業者や産廃業者が“逆出稼ぎ”で手伝いに行く形に転換す」ることを推奨している。

松本さんが指摘するのは、復興庁を作るのが遅すぎた点。「まず復興をやる。法律やお金は後で整備するから」ということで、早めに復興庁を作っておけば「ガレキ処理は進んでいたはず」と述べる。そして、東北の地形が多様であることを含めた形でのガレキ処理を展開すると同時に、「ガレキ処理もその地域の実情に合わせて、地域に任せる。地元民を雇う。その代わりちゃんと予算をつけるということが、もっと早く行われるべきだった」とこの1年を振り返る。

他方、泉田さんは「ガレキについては、2つの問題に分けて考えなければならない」と言う。ひとつ目は、「被災地の復興をどうするか」ということ。ふたつ目は、「原発事故による放射能汚染の問題をどうするのか」。「このふたつの問題を解決するためのガレキ処理を考えるべき」であり、「ガレキを全国で引き受けるべきだ」という点が強調されすぎていることを疑問視する。その上で、普通のガレキについては新潟県も受け入れる意向を示し、放射能が含まれるガレキについては慎重に扱うべきだと述べる。

加えて、放射能に関する国の安全基準が突然変わったことを泉田さんは指摘する。「ガレキの焼却灰などを埋め立てるときの放射性セシウムの安全基準」が、以前は100ベクレルだったのが、震災後に8000ベクレルになったのである。「原子炉等規制法」では、「100ベクレルを超えた廃棄物は、黄色いドラム缶に入れて厳格に管理しなければいけないことになっている」にもかかわらず……。以前、細野環境相が全国の自治体がガレキを「受け入れられない理屈は通らない」と発言した際、泉田さんが「どこに市町村ごとに核廃棄物場を持っている国があるのか。IAEA(国際原子力機関)の基本原則で言えば、放射性物質は集中管理をすべきだ」と反論したことを田中さんが紹介している。


なぜ、被災地のガレキ処理はこんなに遅れているのか。筆者はかねがね疑問に思っていた。3人の議論を読むうちに、その疑問が解けていった。第一に、政府に復興のリーダーシップをとれるような人物がいないこと。第二に、ゆえに省庁主導の旧態依然とした中央集権的な政策しか実行されず、松本さんの言う「まず復興をやる。法律やお金は後で整備する」ことができなかったのであろう。第三に、一般国民と同様に政府関係者の多くも放射能に関して無知であり、「どうしよう、どうしよう」と言っているあいだに1年が過ぎてしまい、今も迷走中なのである。そんな状況でガレキ処理が進むはずがない。

記事の末尾で、松本さんがもっとも大切なことを言っている。「福島原発周辺の人たちには、国の責任において新天地を保証するしかありません。それを全国で分かち合うというのが、本当の『絆』ではないでしょうか」。ガレキ処理以前の問題として、原発周辺で暮らしていた「帰還の可能性がない住民」の生活をどうするのか。全国の自治体が『絆』を示すのは、ガレキの対処の前に、人への思いやりなのではないか。

[文春] ガレキ処理に関連する文春の記事をもうひとつ。「石巻ボランティア会長『ガレキ処理』“補助金チョロまかし”」。「奇跡のボランティア組織」と賞賛され、「石巻モデル」ともいえるボランティアの仕組みを作り出した「石巻災害復興支援協議会」。その会長で、地元建設会社の社長でもある伊藤秀樹さんがボランティア名目で使うべき「災害等廃棄物処理事業費」をチョロまかしていた、という記事である。

支援団体から寄付された車両やボランティアの人員を、自前の車両と人員と偽って、同事業費を請求していたことが追及されている。この件については、文春の取材力の圧勝である。伊藤さんはチョロまかしを認め、過剰に請求した金額を役所に返納すると述べている。「まちなかスマイルプロジェクト」などで、伊藤さんが数あるボランティアを束ね、石巻市中心部のガレキ処理を早期に実現した功績は大きい。その仕組みは、復興の際にボランティアと業者がどのように協同すべきか、というひとつの事例を示している。

だが、どんな功績を残した人であれ、チョロまかし請求は許されない。被災地復興の光と影を1人で演出してしまった伊藤さんには十分反省していただいた上で、そのリーダーシップを復興の光の部分で活かしてほしい。

[新潮] 週刊新潮の奄美沖での漁船転覆事故に関する記事を、どきどきしながら読んだ。「『人食いザメ』と格闘して生還した漂流者」。乗組員6人のうち、1人が死亡、1人が行方不明、3人が重傷を負った事故である。重傷者のうち2人はサメに噛まれているのだが、その証言がすごい。サメに噛まれた機関長の村田さんは、「まっ暗な海中からいきなり姿を現し、足に喰らいつくサメを必死になって両腕で羽交い締めにし、2匹を絞め殺した」のだという。

筆者はサメがらみの映画が大好きで、何本も見ている。とくに、記事でも紹介されている映画「オープン・ウォーター」(2003年)では、サメの恐怖をとことん味わった記憶がある。そして、あの映画と似たような体験を本当にした人たちがいることに驚きを隠せない。怖い。怖すぎる。いずれにしても、4人が生還できたことを喜ぶとともに、行方不明者の1日でも早い発見の実現、そして亡くなった方のご冥福を祈る。

[その他] 新潮の巻末連載「週刊鳥頭ニュース」。西原理恵子さんが「私の震災対策」というお題に対して、感動的な漫画を描いている。ぜひ読んでほしい。文春の「母・小川真由美を狂わせた『3人の教祖』」。女優・小川真由美の娘による手記で、近々本になるらしい。芸能人に関しては、似たような話はわんさかあることが予想される。同じく文春の「『死刑』と『無期』を分けるもの」。厳罰化の傾向が進む日本の司法制度だが、裁判員制度が導入されてから殺人犯の「死刑」と「無期懲役」の境目が流動的になりつつある。「罪刑の均衡が崩れている」という現状をどう考えるか。難しい問題である。

今週の軍配は、文春に。

【これまでの取り組み結果】

文春:☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

新潮:☆☆☆☆☆☆☆☆



(谷川 茂)