■鹿島黄金期支えた「帝王」神戸の地に降臨。そのベールが唯一開いた高知でのPSM

日本代表DF伊野波雅彦(ハイデュク・スプリト/クロアチア)、FW田代有三(J1鹿島)、DF高木和道、ボランチ橋本英郎(いずれもJ1・G大阪)など世間の緊縮傾向にあえて背を向け、プロスポーツの本質たるファンに夢を与える大型補強に動いた今季のJ1・神戸。中でもサポーターに最も驚きを持って迎えられたのはJ1・鹿島の黄金期を支えた「帝王」、MF野沢拓也の獲得である。

ジュニアユース、ユースでは常に鹿島下部組織の王様として君臨。さらに高校3年にしてJ初出場。00年の鹿島入団以来、昨シーズンまでにJ1で254試合50得点をたたき出してきた野沢。現代的司令塔として必須である精度の高いキックに加え、これまで数々の決勝ゴールを生み出してきた一瞬の切れ味はJリーグを見渡しても群を抜いている。日本代表選出歴こそ06年のみ。代表キャップ0の野沢であるが、その実力が現在も日本サッカー界トップクラスにあることは疑いの余地はない。そして、彼の存在が神戸に大きな変革をもたらすことも間違いない。

しかしながら開幕を目前にした現時点において、我々が神戸の地に降臨した野沢、さらに野沢が加入した神戸の化学変化を見る機会はごく限られたものだ。開幕直前2週前以降、練習試合が組まれたと思われる土曜日の練習はいずれもプレスを含め完全非公開。一昨年終盤就任以来、今季3シーズン目の指揮となる和田昌裕監督が敷くベールは昨年までの堅守速攻戦術をほうふつとさせる堅牢なものとなっている。

よって最も直近で神戸のベールが開いたのは2月19日のプレシーズンマッチ(PSM)。そこで今回は高知県立春野運動公園陸上競技場でJ1新潟と対戦したPSMから見えた、野沢拓也が神戸にもたらす可能性について検証してみたい。

■さすがのポジション嗅覚。そして脅威のセットプレー精度

この試合、野沢は「4-4-2」システムの左MFとして先発した。ただし、シーズン初となるフル出場90分間のうち、彼が左サイドに留まっていた時間はわずかであった。例えば左SB相馬崇人が高い位置に入れば、アンカー役の伊野波の前で橋本と並び、後半早々、新潟に先制された直後には3-5-2システムのトップ下からたびたびPAをうかがう動きを披露。数々の戦いを経験した嗅覚を駆使し、攻守のバランスを即座に判断し、穴を開けないポジションにさりげなく入る鹿島でお馴染みの業は、神戸でも健在であることを見せ付けた。

さらに、全てのFK、CKを任されたセットプレーでもニア、中央、ファーと自在なコントロールで好機を次々と演出。その手応えは野沢とのプレーは6年ぶりとなるCB羽田憲司が「セットプレーは僕がゴール前に入れば入りそうな気がする」と感心させるもの。さらに、普段は断片的な言葉で報道陣に行間を読ませる野沢自身も、「ちょっとした練習と、今日試した中ではPA内での迫力も出せた。今日は惜しかっただけで終わってしまったけど、次に決めて終われれば勝ち点3を取れると思う」と言葉を続けるほどの可能性を秘めている。

■各チームのリズムを持ち寄った。新しい神戸リズム形成が野沢の急務

ただ、0-3で終わったPSMの結果が表すように、可能性の半面、反省点もこの試合では多々見られた。試合後の会見で和田監督が「攻撃は(この時点では)まだ個人のアイディアに任せている段階だが、うまい選手が多いために、最後を個々の力に頼ったり丁寧にしすぎてしまう部分もあった。またハードワークが少なく、サポートの距離が遠くて、孤立している場面も多かった」とチーム全体の鈍さを指摘したように、新潟戦における野沢のシュートは0。「連携不足」と彼はその要因を端的に述べたが、ここはもう少し詳細な検証が必要だろう。