町名看板を探して〜名古屋下町ホーロー探検

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年の初めから風邪を引いたり、治ったかなと思ったら今度はインフルエンザ。ヤル気満々だったホーロー探検にすっかり出遅れてしまった。毎年のことながら、春までは“慣らし運転”なので、まずは近場の探険から。ずっと気になっていた名古屋市内の町名看板を探すことにした。
きっかけは昨年8月に、群馬県のホーローマニアの方と名古屋市内を同行したことが始まりである。この時の成果は5枚で、それ以前に自力発見している2枚を足すと7枚の町名看板を発見したことになる。
その後、ネットで検索してみるといくつかの情報もあり、生存・消失も含めて確認をしてみたくなった。あわよくば自力発見もしたい。そんな思いで、冬の名古屋市内を巡ってみた。

【2月12日】
晴れてはいるが、身を切るような寒さだ。前日まではウォーキングで…と思っていたが、あっさりとクルマに切り替える(笑)。
まず向かったのが、瑞穂区。堀田通から雁道商店街に入ると、あっという間にレトロな雰囲気に包まれた。昭和の懐かしさがそのまま残っているような雑然とした界隈だ。ネコがのんびりと横切り、素足に下駄履きのすし屋のオヤジは店先に水を撒いている。そんな通りをゆっくりと過ぎる。看板はなかったが、もう一度覗いてみたくなるような空間がそこにはあった。
商店街を南下して住宅地に入り、最初にゲットしたのが「豆田町二丁目」の看板。スポンサーは第三相互銀行とある。帰宅してから調べてみると、三重県松坂市に本社を置き、1951年(昭和26)に相互銀行となり、1989年(昭和64)に現在の第三銀行となっている。ということは、この看板は相互銀行時代のものなので、少なくとも23年は経っているということになる。
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興味深いのは堀田支店の左にある「牛巻電停」の文字。市電が廃止されたのは1972年(昭和47)なので、すでに40年も経過していることになる。最も、ホーロー看板がさかんに作られたのは昭和30年代だから、案外もっと古いかも。いずれにしても、都会の真ん中にこうした看板が残っていること自体が奇跡的ではないだろうか。
この日は更に同じ瑞穂区で「上坂町二丁目」と、中川区で「馬手町三丁目」を見つけた。上坂町の看板は“警察パトカー110番”の標語が入り、スポンサーは梅林堂薬局。
ネットで検索しても出てこないところをみると、すでに廃業しているのかもしれない。この看板が貼られていた建物は、木造の長屋然としたいかにも年季が入った外観だった(トップ写真)。マンションが立ち並ぶ周りから、そこだけが浮き出ているような異空間になっていた。
名古屋の街は、想像以上に奥が深い。
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【2月26日】
いつまでも軟弱ではいけない(笑)、とばかりに、2回目の探検となった今回は、相棒の中国製折りたたみ自転車で名古屋の町を走ることにした。
JR東海道線枇杷島駅まで輪行し、雪雲が覆う北風が冷たい中を出発。名鉄二ツ杁駅近くの旧美濃路街道から枇杷島、栄生、則武通から名古屋駅をかすめて中村区大門まで。
更に一気に南下し、烏森駅から昭和橋、六番町、熱田神宮前、呼続、平子。今度は北上し、瑞穂競技場から堀田を経由し、最後はJR金山駅にゴールした。走行距離40キロ、5時間のヘロヘロランだった。
さすがに50歳を過ぎた老骨にはきつく、最後は全身筋肉痛状態で、ママチャリのおばさんにも追い越される始末。
まったくスピードを出せないままのゴールとなった。
サイクリングのことばかりを書いてしまったが、この日はネットで情報を得てリストアップした5枚の町名看板のうち、生存が確認できたのは1枚のみという低打率になった。救われるのは、町名看板以外に薬局の古いトタン壁に忘れられたように付いていた、名古屋市内初となる金鳥とキンチョール看板のペアを発見したことである。ロケーションはマンションに囲まれた一角である。この感動に思わず拍手がしたくなったほどだ。
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また、町並みに視点を移すと、都会の名古屋といえども、探せば古い町並みが隠れているということを発見。名古屋駅から至近距離にある西区栄生町あたりはその代表である(写真上)。シャツターが下りた商店も多いが、屋根神様を祀る木造の長屋があったり、中庭がある巨大な木造の下宿屋、履物や衣料品の古い問屋など、下町そのものの風情を肌で感じるエリアだ。
この日に唯一発見した「平郷町五丁目」の看板は、“いかにも”といった匂いがする木造家屋に隠れていた。こうした看板を見つけただけで、老骨に鞭打ってペダルを漕いできた疲れが、ほんの一瞬でも吹き飛んだ気がした。

名古屋市内の町名看板リスト
〈生存確認〉
・中村区岩塚町林光寺東…荒子家具センターまるき
・中村区郷前町一丁目…朝日新聞
・東区黒門町…朝日新聞
・東区東外堀町2-7…大和證券名古屋支店
・瑞穂区亀城町六丁目…第三相互銀行雁道支店
・瑞穂区州山町一丁目…中京相互銀行瑞穂支店/新瑞橋支店
・瑞穂区豆田町二丁目…第三相互銀行堀田支店(牛巻電停北)
・瑞穂区平郷町五丁目…第三相互銀行堀田支店
・瑞穂区上坂町二丁目…梅林堂薬局
・中川区馬手町三丁目…第三相互銀行中川支店
・南区朝拝町一丁目(現・南区呼続元町辺り)…東春信用組合新瑞橋支店

〈消失確認〉
・熱田区白鳥町136…中部結婚相談所
・中川区昭和橋通二丁目…中央相互銀行昭和橋支店
・中川区五女子町一丁目…岡崎信用金庫尾頭橋支店
・中川区東海通五丁目…岡崎信用金庫港支店
・西区上更通三丁目…KK共栄
・南区東浦通三丁目…株式会社エルモ社
・熱田区西野町二丁目…木村証券六番町営業所(西郊通り電停南)
・熱田区切戸町二丁目…木村証券六番町営業所(西郊通り電停南)
※他にも港区東海通五丁目、同三丁目にもあったようだが、発見はできていない。

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名古屋市の町名看板は中心部の瑞穂区、熱田区、中川区に集中的に貼られたようだ。市電が走っていた時代を考えると、貼られた年代も昭和30年代後半といったところだろうか。
スポンサーは地元の金融機関が多いが、現在も光学メーカーとして有名な?エルモ(名古屋市瑞穂区明前町)のような地元企業もある。また、愛知県小牧市に本社がある東春信用組合(現・東春信用金庫)は、1952年(昭和27)に設立し、信用金庫に転換したのが1972年(昭和47)である。それから推測すると、この間の20年間に看板が作成されたということになる。
消失の8箇所の看板は、時間をかけて周辺をかなりしつこく回ったにも関わらず発見することができず、やむを得ず〈消失確認〉としたが、もし見つけられ方はぜひ情報をお寄せいただきたい。
とはいえ、名古屋の町名看板はサイトやブログに掲載されてから数年しか経過していないのに消失が進んでいる実態を考えると、現在残っている看板の将来も危ういものに思えてくる。
(取材2012.2.12・2.26)



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