新潮と文春が振り返る「震災 一周年」 【文春vs新潮 vol.32】

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週刊新潮3月8日号は、「震災1周年追悼号」と称する大特集を組んでいる。まず、グラビアの大部分を被災地の夕景と夜景に割く。そして、白黒グラビアと19本の記事で展開する「喪失の夜を越えて」という特集を掲載。他方、週刊文春も原発関連では「原発崩壊 3.11 私はそこにいた!」と「『4才児と7才児に「甲状腺がん」の疑い!』私はこう考える」、震災関連では「大津波から1年 TVでは流せない『被災者の肉声』」と「東日本大震災『作家の言葉』」を載せた。

もうすぐ東日本大震災から1年が経つ。両誌のみならず、新聞やテレビ、そしてラジオでは震災1周年ということで、今後は震災や原発事故に関連する記事や番組が激増することであろう。筆者は、この「何周年」的な発想があまり好きではない。たしかに「年」というのは区切りの単位だが、震災の被災者や原発事故の被害者には、そんな区切りなど全く関係ないからである。彼ら彼女らの日々は、「何周年」などという言葉とは別に、粛々と流れていく。

新聞で言えば、震災や原発事故について精力的に報じているのは、河北新報などの地元紙と東京新聞くらいになってしまった。テレビを見ていても、震災と原発に対して継続的に向きあっているのはNHKくらいであるように感じる。このように大部分のマスコミは、どんなに大きな事件や事故があっても、時間の経過とともにそれを忘れてしまう。未曾有の災害だ、空前の事故だ、とさんざん騒いでおきながら、ふたを開けてみれば「何周年」という「単位」で、まるで「あっ、忘れてた!」と気づくがごとく、特集記事やら特番やらを報じる。

そう考えてみると、新潮と文春は震災と原発事故には誠実に向きあってきた雑誌であると思う。原発事故に関しては、新潮が反「脱原発・反原発」で文春が「脱原発・反原発」とスタンスは異なるものの、両誌がこの1年、それらを継続して取材してきたことには変わりがない。そんな両誌に敬意を表しつつ、記事を紹介していこう。

[新潮]巻頭と巻末のカラーグラビア「被災地 春暁」が圧巻である。「20名以上の命が奪われた」という宮城県南三陸町の防災対策庁舎。岩手県槌町の陸地に乗り上げたままの「第72昭栄丸」。宮城県石巻市の国道に転がる巨大な「鯨大和煮」の缶を模したタンク。岩手県陸前高田市の市街地に残る瓦礫の山。そして「計画的避難区域の人影がなくなった」、福島県飯舘村。計26枚ものカラー写真は、「各地に残された震災の爪痕」を浮き彫りにする。くわえて、人影のない状況でライトアップされた写真からは、ある種の畏怖と美しさを感じざるをえず、この世のものではない風景を見ているような錯覚におちいってしまった。


[新潮]「水没遺体を引き揚げた『海保』『海事』潜水士」。2月24日の時点で、震災による行方不明者の数は3282人。震災の直後から、津波にのまれた多くの人びとが海にさらわれた、と言われていた。いったん海原に出てしまった行方不明者の捜索は、難航が予想されることもささやかれていた……。

だが、その困難な任務にあたっている海の男たちがいた。海上自衛隊は、「艦艇60隻、航空機100機以上、そして、全隊員の約3分の1にあたる1万6000人を投入して、「遺体引き揚げオペレーション」を実行した。オペレーションは昨年8月に終了し、425人の遺体を収容した。他方、海上保安庁は「船艇30隻、航空機8機、そして、特殊救難隊などのべ2492人の隊員が動員され」た上で、いまも捜索を続けている。

とりわけ、極寒の海で作業をおこなう潜水士の任務は苛酷だ。とはいえ、「最後の1人まで見つけて遺族のもとに送り届けたい使命感」に支えられながら、彼らの作業は続けられているという。

行方不明者がいる状況というのは、言葉では伝えきれないほど、身内にとっては不安で絶望的な状況だと筆者は思う。遺体が見つかれば、まだ「区切り」のようなものがつくが、見つからなければ「区切り」がつかず、いつまでも「突然、消えてしまった身内の身体」について考えてしまうからだ。苛酷な任務に従事する海保の方々の奮闘を期待しつつ、1人でも多くの行方不明者が1日でも早く見つかることを祈る。

[新潮]「亡き母に手紙を書く幼児もいる 『震災孤児』240人の春夏秋冬」。震災で両親を喪った震災孤児は、「岩手93人、宮城126人、福島21人」の計240人もいるという。うち「親に甘えたい盛りの未就学児童は13人」。この240人に対しては、行政のみならず、社会全体が最優先で支援の手を差しのべるべきだと筆者は思う。

日本全国に孤児と呼ばれる子どもは多く存在すると思うが、同じ日に両親を一度に喪った孤児が240人もいるという状況は、それこそ未曾有の事態である。ほかの孤児より、えこひいきしろと言うのではない。通常は、親との死別などで、あくまでも個別に孤児となる子どもが出てきて、児童相談所などの行政がそれに対応する。しかし、震災により一度に240人もの子どもが孤児となった状況は、行政のみでは支えきれないことが予想される。よって、社会全体が関心を持ち、バックアップしていく姿勢が必要だと思うのである。

[文春]「原発崩壊 3.11 私はそこにいた!」。先日、発表になった「福島原発事故独立検証委員会(民間事故調)」による報告書を元にした貴重な内容の記事である。この民間事故調は、「6人の有識者委員会と、学者や弁護士、ジャーナリストで構成される約30人のワーキンググループ」で構成される。「民間」で原発事故調査をきっちり検証しようという組織だ。

民間事故調は、政権中枢から官僚、官邸関係者、原発関係者、「そしてワシントンの米政府当局者」にまでヒヤリングをおこない、原発事故の実態と原因を報告書であぶりだした。もっとも興味深かったのは、菅首相が「炉ごとの事態悪化のみならず、それらが連鎖反応した場合、福島第1原発全体としてはどのような『最悪のシナリオ』がありうるのか」という点に関心を抱き、3月25日にはその「最悪のシナリオ」が提示されていた、という部分である。

専門家が出した結論は、「放射性物質が拡散され、年間線量が自然放射線レベルを大幅に超えた場合、住民の移転希望を認めるべき地域が250キロ以遠に達する可能性がある」というものであった。250キロ以遠となれば「首都圏がすっぽり」入り、「3000万人の首都圏の住民の退避が必要になる」ということでもある。さすがに、事故直後には発表できない内容だと思われるが、日本の中枢が多大なる危機の可能性を知っておきながら、「ただちに影響はない」(枝野官房長官)と言い続けていたことは、大きな問題であると筆者は考える。

記事の末尾で、「今回の事故の根本的な原因は、想像力の欠如だ」という技術者OBの言葉が引用されている。「想定された安全の先に、何があるのかという注意深さや探求心が希薄になった」、「つまり、思考停止が生じていた」ことこそが、原発事故の原因ではないか、と言うのである。科学が発達したことの成果のひとつが原発であり、その成果を止めるようなことをしてはならない、と吉本隆明さんや石原慎太郎さんが言っていた。だが、せっかく成果が上がっても、それを使う人たちの思考が停止していては、その成果は無用の長物、いや危害の元凶になるうることを、先の原発事故は物語っているような気がする。

[文春]震災を受け手の「作家の言葉」。「文藝春秋 3月臨時増刊号」からの転載だが、野坂昭如さんの「あらゆるものを否定せよ」という文章が心にしみる。その発言のいくつかを引用する

野坂さんは、震災を伝える映像の役割を評価しつつ、こう述べる。映像を「受け取る側の多くは、どうしても鵜呑みにしてしまう。映像はすべて編集されている。崩壊の様子を写し出し、目に入るそれは、分かりやすいが現実とは違う。漂う匂いも伝わらず、残酷な光景には『配慮』というハサミが入る。つまり映像を通して伝わる時、現実は薄まってしまうのだ」。

震災後、一世を風靡したスローガンにも苦言をていす。「世間ではあれこれスローガンが持てはやされた。『頑張ろう日本』『一つになろう』言葉がないよりマシかもしれない。だが、スローガンをもとに、それぞれがそれぞれの言葉を持ち集めるべきところ、単純な言葉で完結してしまう。上滑りする言葉に絡め取られ、編集された被災地の映像を拾い眺め、分かった気になって、やがて安易な感情論に走る。これだけメディアが発達した世の中で、本当の姿は見えてこない」。

そして、締めの言葉が印象的だ。「これからの日本が復興とどう向き合うのか。若い世代の皆さんは、立ち止まって考える力を持ってもらいたい。調子のいい言葉に巻き込まれちゃいけない。あらゆるものをまず否定して、生き延びてほしい」。全くそのとおりであり、筆者が付けくわえるべき言葉が見つからない。

[その他]新潮が、ついに第4弾となる「御用学者と呼ばれて」を掲載している。原子力や放射能に関する正しい知識は必要だと思うし、その正しさは「脱原発・反原発」側の学者の話だけを聞いていればいいものではないとも思う。だが、この座談会を読んでいると、「原子力発電所は安全です」と言っていた電力会社の姿勢に似たものを、どうしても感じてしまう。


両誌のかぶりネタは、覚醒剤で捕まった朝日新聞記者が「同性愛」者、というお話であった。

今週の軍配は、文春の民間事故調に関する記事も興味深い内容だったが、新潮の大特集の、特にカラーグラビアには圧倒されたので、新潮の勝ち。

【これまでの取り組み結果】

文春:☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

新潮:☆☆☆☆☆☆☆☆



(谷川 茂)