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カール・フォン・ライヘンバッハ(1788年 - 1869年)


人間の体の周りを取りまく光のエネルギー、「オーラ」。

その人のパーソナリティー、思考、感情などを反映しているとされるその光のモチーフは、古くから聖書をはじめとする多くの宗教の聖典で似たようなエピソードが語られてきました。

しかし現代的な意味での「オーラ」というコンセプトのルーツは、19世紀後半の「科学的」言説の中からやってきたものでした。

19世紀末の科学者たちは、「オーラ」をどのように「発見」し、研究したのでしょうか?(編集部)

【前半はこちら】

 

★「神経オーラ」と「オド」

まずその1つは、「サイコメトリー」の「発見」でも知られる医師ジョセフ・ローデス・ブキャナン(Joseph Rhodes Buchanan)が、1852年提唱した「神経オーラ(nerve-aura)」です。

以前、本コラムでもブキャナンについては紹介していますが、彼は人間の神経系から発出している微細な流体を「神経オーラ」と名付け、感受性の強い人間はそれを見ることができると考えました。

ブキャナンの神経オーラとは別に、もう1つの「科学的」ルーツは、ドイツの科学者カール・フォン・ライヘンバッハ(Baron Karl von Reichenbach)の提唱した「オド(od)」にあります。

ライヘンバッハによれば、オドとは、宇宙に存在するすべてのもの――特に星々や惑星、クリスタル、磁石、人間などから発出している物質であり、重さも延長も持たないけれども、計測可能であり、観察可能な物理的効果を及ぼすことができる新たな力です。それをライヘンバッハは、北欧の神オーディンにちなんで「オド」と名付けました。


★「オド」は人間や動植物だけでなく太陽や月も発している!?

ライヘンバッハの理論が最初に世に登場したのは1845年。ユストゥス・フォン・リービッヒとフリードリヒ・ヴェーラーによって創刊されたドイツの一流の学術誌の1つ『薬学及び化学の年報(Annalen der Chimie und Pharmacie)』で発表されました。

ライヘンバッハによると、オドとはもともと様々な結晶構造を持つ物体から発散されているいまだ知られざる自然の力ですが、それは以前に本コラムでも紹介したメスメリズムにおける動物磁気のように、磁石などを通して伝導することができます

また、オドには極性があり、オドを発散している物体を敏感な被験者の肌に近づけると、マイナスの極は冷たく、プラスの極は暖かく感じられます。そればかりか、もし敏感な被験者が、1時間以上、暗闇のなかにいたならば、その両極から放出されるオドの光輝を見ることができるとも言います。

さらにライヘンバッハは、オドが動物、植物、そして人間の体からも発散されていることも発見しました(人の右手はマイナスで左手はプラス、脳の右半球はマイナスで左半球はプラス)。そればかりかオドは地球上だけに存在するものではなく、太陽、月、星々もそれらを発散させているともライヘンバッハは主張しています(ちなみに、こうした星々から発するオドは人間の脳の働きへと作用し、それこそが本当の占星術の基礎になるものかもしれないとすらライヘンバッハは考えました)。


★「オド」理論が科学界に与えた大きなインパクト

こうしたライヘンバッハの理論は、イギリスへとすぐに到着します。『薬学及び化学の年報』でのライヘンバッハによる発表の翌年の1846年、エディンバラ大学の化学教授ウィリアム・グレゴリーによって英訳されたその論文の抜粋が、医学雑誌『ゾイスト』に掲載されます(グレゴリーはこの英訳の際にodをOdyleと訳しています)。

そして、ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドンの医学教授でメスメリズムの先導者だったジョン・エリオットソンをはじめ、当時のイギリスのメスメリストたちの間において、このライヘンバッハの「未知の媒体」の発見はすぐに重要なものだとみなされることとなります。というのも、メスメリストにとってオドの実験結果は、動物磁気の研究に対する「最も成功した調査を提供するもの」だと考えられたからです【William Gregory, Letters to A Candid Inquirer, on Animal Magnetism (Philadelphia: Blanchard and Lea, 1851), p. xv】。

ついでに言っておくと、当初オドへと注目したのはメスメリストだけではありませんでした。メスメリズムに敵対する科学者によっても、その発見は話題となりました

ちょうど、かのマイケル・ファラデーが光と磁気の相互関係に関して、いわゆる「光の電磁波説」の着想を発表したのがライヘンバッハの論の6ヶ月後のこと。すなわち、かつて別々のものと考えられていた光と磁気、さらには電気や熱、その他の化学作用を引き起こす自然の諸力の間にある相互関係について熱心に研究を進めていた科学者の何人かにとっては、オドがそれらに対する手がかりを与える発見、あるいはそれらを統一する「未知の媒体」であるかのように映ったようです。


★人間のオーラを可視化する装置が開発される!?

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『人間の雰囲気』より

こうしたライヘンバッハのイギリスでのインパクトは、さらにロンドンの開業医師ウァルター・J・キルナー(Walter J. Kilner)を、医学的な観点からの「オーラ」研究へと向かわせるきっかけとなりました。1911年、キルナーはオーラに関する医学的研究を『人間の雰囲気』と題して出版します【Walter J. Kilner, The Human Atmosphere or The Aura Made Visible by the Aid of Chemical Screen(New York: Rebman Company, 1911)】。キルナーはその中で、人間のオーラを可視化する次のような簡単な装置と方法を発表しました。

密閉された2枚のガラスの板の間にコールタールから作られる青い染料のジシアニン(dicyanin)を流し込む。こうして作られたフィルターを通して見ることによって、特別な能力を持たない普通の人でもオーラを目にすることができるとキルナーは考えました。まずフィルターを通して昼の光を見る。次に暗闇の背景の前で薄暗い光の中にいる裸の人間へと目を向ける。そうすると可視光線の通常のスペクトラムの外部にある電磁気、すなわち「オーラ」がその人間から放射されているのを見ることができる。そうキルナーは主張しています。

またキルナーの発見によれば、人間の体から放射されているオーラは、次のような3層から構成されています。1層目はキルナーが「エーテリック・ダブル(Etheric Double)」と呼ぶ肉体から半インチから4分の1インチほどの空間を取り巻いている暗く色のないオーラ。さらにキルナーは、3インチを超えて広がる2層目のオーラを「インナー・オーラ(Inner Aura)」と呼び、1フィートほどの広がりを持つ3層目のオーラを「アウター・オーラ(Outer Aura)」と呼びました。


★オーラの医学的応用を主張するものの......

さらにキルナーは、実験の結果から、オーラに関する様々な性質を発見したと主張しました。たとえば、オーラの広がりが磁石によって影響されること。そして電気の流れに対して反応し、ウィムズハースト起電機(イギリスのジェイムズ・ウィムズハーストによって1880年から1883年にかけて開発された静電気を発生させる装置)による負荷の帯電で完全にオーラが消えてしまうこと。また、病気や精神力の減退がオーラのサイズと色に影響を与えること。死に近づくとオーラは次第に小さくなり、死体の周りではオーラはまったく見られないこと。

これらのことからキルナーは、オーラの医学的診断などへの応用の可能性を強く主張しました。

こうしたキルナーによるオーラの研究は、医学や科学の領域へとアピールしたはずのものでした。けれども、キルナーのオーラの研究は、正統的な科学の領域ではほとんど省みられることもなく、その成果を受け入れていったのは、主に神智学者などをはじめとするオカルティストたちのみでした。ちなみに、今日のスタンダードな科学の領域の中では、ブキャナンの神経オーラ、ライヘンバッハのオド、キルナーのオーラのいずれも、実証的に認められることはなく、彼らの主張は典型的な疑似科学の例としてみなされています。

オカルティズムとの関係を離れた科学的装いの下で、再びオーラが研究されるようになるのは、1970年代に入り、オーラの撮影を可能にすると考えられた「キルリアン写真」が登場するまで、待たなければなりません。キルリアン写真については、その真偽を巡って論争がありますが、それについてはまた機会を改めて紹介したいと思います。


(伊泉龍一)


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