「パワハラやセクハラをしてはいけない」ということは浸透したが、何が問題行為なのか明確に線引きするのは簡単ではない。ある言動がハラスメントとなるかどうかは、行為者と受け取り側との関係や、受け取り側の身体的、精神的な状態も影響していると思われるからだ。

ある会社では、上司に部下の私生活を気遣ったところ、部下が人事に「パワハラ行為をやめさせてほしい」と相談に来たという。

「もう、オレの家庭に口出ししないでもらいたい」

――中堅商社の人事です。営業部の30代男性Aさんから「B部長からパワハラを受けている」という訴えを受けて、双方から事情を聞いているところです。

営業部では最近、若手社員が辞め、人員補充が間に合わないまま社員の仕事量が増えています。Aさんも、従来の仕事を終えた後に辞めた人のフォローをしているので、終電帰りになる日もあるそうです。

そんな様子を見て、B部長は「Aさん、頑張ってもらって悪いな。しかし、あまり無理はするなよ」と優しく声を掛けていましたが、Aさんが休日出勤をしたことを知ると、急に様子が変わってきました。

「子どもが産まれたばかりなんだから、早く帰ってやれよ!」
「奥さんも怒ってるんじゃないか? 離婚の原因になるぞ」
「奥さんともご無沙汰だろう。2人目は当分先の話だな〜」

そんなB部長の小言にユウウツになり、Aさんが相談に来たというわけです。

「上司だからって、言って許されることと、そうでないことがあります。あの発言はパワハラです。もう、オレの家庭に口出ししないでもらいたいんですよ!」

B部長に事情を聞くと、Aさんは責任感が強く、どんな仕事も丁寧にやってしまうので、もっとメリハリをつけて欲しいと思っているが、なかなか伝わらないと言っています。

また、自分の経験として仕事一筋が原因で離婚し、今ではさみしい生活を送っているので、部下にそのような思いをさせたくない一心で言ったことだとのこと。嫌がらせなどの悪意はないようです。こういうとき、どういう対処をしたらいいんでしょうか――

社会保険労務士・野崎大輔の視点
ハラスメントは「受け手の問題」ではあるが…

行為者が意図するかどうかにかかわりなく、その言動が相手方に不快と受け止められ、仕事をする環境が損なわれる場合には、ハラスメントになる可能性があります。今年1月、厚生労働省のワーキンググループが「職場のいじめ・嫌がらせ問題」に関する報告を発表しましたが、この中の「パワハラの行為類型」に当てはめれば、今回のケースは「私的なことに過度に立ち入ること(個の侵害)」に該当するおそれがあります。

とはいえ、部長の言動には職権を濫用して部下に嫌がらせをする意図がなく、むしろ逆であることが明らかです。Aさんの受け取り方も疲労のせいか、やや過敏なところがあるかもしれません。会社としては、部長をパワハラで処分する必要はないと思われますが、後に別のトラブルに発展するおそれもあるので「何もなかったことにする」のではなく、双方から言い分をきちんと聞いて双方のコミュニケーションのずれを調整し、記録に残しておいた方がよいでしょう。

臨床心理士・尾崎健一の視点
問題の根本は「残業の多さ」である

今回のケースはパワハラ以外に、セクハラ(性的な言動による就業環境の阻害)にあたる可能性もあります。どの程度の発言までが許されるか、上司と部下の関係によって変わるので一概には言えませんが、B部長はAさんとの距離を見誤ったといえるのかもしれません。性的発言と疑われるものは控えるべきとB部長に伝えましょう。

この発言だけでB部長を処分することは困難ですが、マネジメント上の問題はあると思われます。問題の根本は、Aさんが長時間労働を余儀なくされていることにあります。B部長は単に口頭で帰宅を促したり感情的になだめたりするだけでなく、残業の削減に注力すべきです。業務の絞込みや人手の補充によってAさんの負担を実質的に軽くしたり、職場の慣習として早く退社しない傾向にある場合には「ノー残業デー」や「退社時間の下限設定」などをして、職場全体として強制的に退社させる取り組みも必要です。



(本コラムについて)
臨床心理士の尾崎健一と、社会保険労務士の野崎大輔が、企業の人事部門の方々からよく受ける相談内容について、専門的見地を踏まえて回答を検討します。なお、毎回の相談事例は、特定の相談そのままの内容ではありませんので、ご了承ください。