『11 eleven』津原泰水/河出書房新社
国内一位!

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2011年2月22日、都内某所で第2回Twitter文学賞の発表会が行われた。受賞作は海外がジュノ・ディアス『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』、国内が津原泰水『11 eleven』だった。総投票数は海外が475、国内が580である。
海外の『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』は昨年の話題作で投票開始直後から鉄板の強さを誇ったが、途中から映画化作品が現在公開中の、ジョナサン・サフラン・フォア『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』に猛追された。結果は前者が43票、後者が41票の僅差で、『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』が辛くも逃げ切った形になった。ちなみに版元の新潮社クレストブックスは、昨年の同賞受賞作であるミランダ・ジュライ『いちばんここに似合う人』も刊行している。作者こそ違うが、同レーベルの2連覇達成である。
国内の『11 eleven』は50票を獲得し、2位の今村夏子『こちらあみ子』に大差をつけての圧勝となった。海外・国内を通じての最高得票であり、Twitterでもっとも支持された作品と考えていいだろう。意外なことに津原はこれが文学賞初戴冠である(実は『二人静』で第1回受賞者となった盛田隆二もTwitter文学賞が最初の賞)。発表会には津原の謝辞が届けられた。自分を支持し続けてくれた読者に対する感謝の気持ちがこもった文章の全文は、近日中にTwitter文学賞お知らせブログに掲載予定だ。現在は海外・国内それぞれの10位までの入選作と、発表会の模様をすべて見られるアーカイブ動画が掲載されているので、気になった人はぜひ見てもらいたい。

と、ここまでは客観的な書き方をしてきたが、筆者も微力ながらお手伝いをさせていただいているので、Twitter文学賞に関しては運営側の一員だ。以降はそのつもりで書きますね。
基本的にTwitter文学賞は「経済的には誰も得をしない」賞だ。事務局はもちろん持ち出しのボランティアだし、発表会の座談会出席者(石井千湖・大森望・佐々木敦・杉江松恋・豊崎由美)もすべて無報酬である。インコ編集長ことタカギタイイチロウをはじめとするユースト中継スタッフも、受賞者のために編みぐるみのトロフィーを製作するアルマジロひだかも同様(以上敬称略)。
ではなぜやるのか、といえば、良書への評価が投票結果という形になるのが楽しいからであり、Twitter文学賞を参考にしたことで読書の幅が広がったという声が多く聞こえてきて嬉しいからである。本の話題で盛り上がるのが単純に好き、という理由もあるね。
昨年あなたが読んだ小説の中で「これは本当におもしろい」と思うもの、国内・海外1作だけに投票をしてください――Twitter文学賞は、書評家・豊崎由美のそんな呼びかけから始まった。一作だけに投票数を限るのは、自分が本当に好きなものはどの作品なのか、考えてもらうためだ。複数作への投票を認めると、どうしても「自分はそれほどでもないけど、世間ではいいと言われているから」という理由で票を投じられる作品が増えてくる。ランキングには人気投票の意味があるから、刊行部数が多いものに票が集まる傾向が出るのはしかたのないことだ。それを最小限にとどめようとしたときに出てきた発想が、「一作しか投票できない」だったのである。
「経済的には誰も得をしない」はその理念の必然として、受賞者にとっても宣伝効果以外の何の利益をもたらさないことになる(単に事務局にお金がないから、という理由もあるのだが)。
発表会の終了後、Twitterで投票をしてくださったユーザー全員を対象として抽選が行われ、海外・国内1名ずつの当選者が決定した。海外については『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』の版元である新潮クレストブックスが自社お薦めの翻訳小説を1万円分、国内については同じく『11 eleven』版元の河出書房新社が、受賞者津原泰水が選ぶ自社本やはり1万円分、それぞれ当選者にプレゼントしてもらう決まりなのである。事務局は一切お金出せなくてごめんなさい。版元に頼りってしまってごめんなさい。そして編みぐるみトロフィーの正賞しか受賞者には贈呈できなくてごめんなさい。さらに言うと去年の受賞者の盛田隆二さんには自腹を切ってプレゼントの1万円分の本を買ってもらいました。これは本当にごめんなさい! 今年になって、さすがに「経済的に損までする」のは受賞者に対してひどいのではないか、ということに気づき、現在の形に改めました。本当に本当に去年はすいませんでした!

詳しくはユースト中継を見てもらいたいのだが、受賞作・ベストテン作品について簡単に触れておく。ジュノ・ディアス『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』は、歴史上童貞のまま死んだ男は1人もいないといわれたドミニカ人の、奇跡的な例外となってしまいそうな青年、オスカー・ワオを主人公とする小説である。
――そして自分でも何が来ているのか気付かぬうちに彼がはまりこんでしまったのは、自分が高校で専攻してきたものの大学版と言うべきものだった。モテない病だ。彼のいちばんの喜びはオタク的なものだった。たとえば『AKIRA』が出たとき(一九八八年)だ。
「モテない病」という哀しい運命の下に生れついたワオの悲喜劇がおもしろくて最初は読み出すのだが、やがて小説の深層部にも目がいくようになる。ワオの一族はドミニカという国が綴ったとんでもない歴史の、犠牲者となったような存在だからだ。カリブの呪いの名のもとに、ひずんだ映像が描き出されていく。軽妙な語り口の中に、しっかりとした芯を感じさせられる作品だ。
この他の海外作品は、ランキングをご欄になっていただければわかるとおりミステリーやSFのようなジャンル小説と非ジャンルの主流小説がごちゃまぜになっている。3位以下の『犯罪』、『紙の民』、『アニマルズ・ピープル』、『ソーラー』……と続く並びは美しいったらないね。このランキングは快挙だと思います。
そして国内の『11 eleven』は、文章による美を尽くし、小説という器に許される技巧の限りを尽くした精緻極まりない作品集である。11篇がどれもこれも素晴らしく、多様性に富んでいる。読み手の趣味によってどれをベストに挙げるかは異なるはずである。筆者の好みは得体のしれない後味を感じる「延長コード」だが、SFファンなら「五色の舟」、異常心理小説を好む人であれば「クラーケン」というように。ああ、文章でこんなことができたのかと感嘆させられた「微笑面・改」もいい。
国内のほうも3位の『これはペンです』、4位の『雪の練習生』など、他のランキングではあまり見かけない作品と、8位の『ジェノサイド』と『マザーズ』といった昨年の話題作が同席している。この散らばり具合も楽しい。ぜひ読書の参考にしていただきたい。
(杉江松恋)