「自分なりの『白鯨』を書きたい」西崎憲さんインタビュー(3)

写真拡大

 出版界の最重要人物にフォーカスする『ベストセラーズインタビュー』!
 第38回の今回は、昨年11月に新刊『ゆみに町ガイドブック』(河出書房新社/刊)を刊行した西崎憲さんです。
 西崎さんは日本ファンタジーノベル大賞でデビューして以降、精力的に小説作品を創り続けている作家であると同時に、ヴァージニア・ウルフやへミングウェイの翻訳でも知られています。
 前回、前々回は作品について語ってもらいましたが、最終回の今回は読書について。
 西崎さんが最近読んで面白かった本は何だったのでしょうか。

■自分なりの『白鯨』を書きたい。
―最近の読んだ本で面白かったものはありますか?

西崎「最近資料以外の本を読む時間があまりなくて(笑) でも、日本ファンタジーノベル大賞を取った小田雅久仁さんの『増大派に告ぐ』っていう本を今年に入って読んだらすごく面白かったです。これはおすすめですね。ある傾向を持った人間には決定的な本に思えるでしょう。
あとは柳田國男の『海南小記』。とにかくたくさんのフィールドワークをしていて、そこの民族や物語に関する本なんですけど、日本の旅行文学の中では最高の作品だと思います。柳田國男というと『遠野物語』なんだけど、あれは物語に焦点があります。『海南小記』は、それを集める人間のことが書かれているかな。
もう一つは漫画で、市川春子さんの『25時のバカンス』。市川さんは、前作の『蕃東国年代記』の表紙を書いていただいた方なんですけど、すごく知的な方で感覚も鋭いです。僕の一番好きな系統の少女漫画を書く方ですね。似たものが思いつかない作家さんで、圧倒的と言っていいと思います」

―今は読書する時間はあまり取れていないんですか?

西崎「壊滅的に取れてないです。寝る前に15分くらい読むだけですね。まともに読めるのは年に数日です。参考資料は読むんですけど、それは拾い読みみたいになっちゃうし。やっぱりインプットの量が少なくなるとアウトプットにも影響するだろうから、たくさん読みたいんですけどね。
読書ということでいうと、北野勇作さんも言っていたんですけど、書き始める時に呼び水になるような本を読んで、それから書くということもありますね」

―呼び水になる作家さんはいらっしゃいますか?

西崎「好きな翻訳者の平井呈一さんの訳を読んでから、怪奇小説の翻訳を始めることはよくあります。幸田露伴もそうですね」

―次回作の予定がありましたら、教えていただけますか。

西崎「自分なりの『白鯨』みたいな小説を書こうと思っています。6月くらいに筑摩書房から連作短篇集が出ると思うので、4月くらいから書き始める予定です。最低でも400枚、できれば500枚くらいの、自分としては長めのものにしようと思っています」

―最後に、読者の方々にメッセージをお願いします。

西崎「ゆみに町のなかにも書いていることなんですけど、現代小説の要素には。詩と写実的小説と物語の3つがあって、その3つのバランスで成り立っているという気がします。詩の要素が強い小説が好きな人もいるでしょうし、物語が突出している小説が好きな人もいると思うんですけど、写実的小説好きの人にも、詩好きの人にも、物語好きの人にも読んでほしい。
その3つを統合してみたいというのが希望としてあって、それはこの作品でできるんじゃないかと思ってやってみました。だから、自分の嗜好みたいなものを、とりあえず脇において読んでくれたらありがたいですね。
僕は子どもの頃から押入れの中とか机の下などの閉ざされた空間が好きだったんですよ。小さなものの中にいると、ある種充実した気持ちになります。そういった好みもあって今回の「町」というテーマが気に入ったということがあります。「ゆみに町」も小さなところの閉ざされた空間であって、箱庭みたいなところなので。
でも、閉ざされていることによって逆に外の世界を暗示するということもありますよね。結局、枠のなかに全て入りきれるものではなくて、入りきれたとしても、そこには無理が生じます。それに、閉ざされた枠から逸脱していくものっていうのはほとんどの場合重要なものです。この作品の場合も、本のなかに書かれたものも重要なんですけど、書かれていないものの方も同じくらい重要なんじゃないかなと思うので、書かれていないものも書かれていない言葉も想像して読んでみてほしいなと思います。
語りえないことについては沈黙しなければならない、という有名な命題があるし、東京の中心には空虚があると言った人もいます。確かにそれはそういうことだと思うのですが、ただ語りえないということによって、そのことには言及ができるんですよね。中心にある空虚が見えなくても、周辺にある建物の作る線で空虚の形が推測できるかもしれない。20世紀の初めくらいから小説はすごく悩んできて、いや小説だけじゃなくて、文化的なジャンルはすべて悩んできて、それは意味や価値を模索してきたから当然の悩みでもあったような気がします。その悩みに対するとりあえずの返答として、僕はリファレンスということを言いたいと思っています。
経験や参画ではなくリファレンス、参考や言及と言い換えてもいいんですけど、20世紀からコラージュ、暗喩、引用、サンプリング、マッシュアップといった語が生まれてきましたが、それはつまりはリファレンス・参考・言及ということを旨に世界に対するということではないかと思っています。つまり、何かにアクセスすることよりもアクセス可能であることを重んじるような姿勢というか。ああ、だいぶ本の話から外れてしまいました」

■取材後記
 西崎さんへの取材は二度目でしたが、前回同様に作品について、たとえ話を交えてとてもわかりやすく解説していただきました。
 「最近読書をする時間がない」とおっしゃっていましたが、西崎さんの作品が過去の膨大な読書量に支えられていることは明らかで、『ゆみに町ガイドブック』への理解が深まったとともに、読書欲を掻き立てられた取材でした。
(取材・記事/山田洋介)


【関連記事】 元記事はこちら
「ゆみに町で書いた世界は10も20もあるうちの3つ 」西崎憲さんインタビュー(1)
「翻訳をしていなかったら、自分の作品は今のようにならなかった。」西崎憲さんインタビュー(2)
小説・音楽・翻訳 マルチな才能を持つ作家・西崎憲の素顔(1)
『1Q84』は外国人にどれほど認知されているのか?