檜町公園

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檜町公園


六本木といえば、都内でも有数の繁華街である。六本木と史跡とは、直観的には結び付かないが、歩いてみるとあちこちに史跡を発見できる。これが東京という街の魅力でもある。六本木の交差点に近い場所にも、小さな寺院が存在している。新しい街に、まるで楔を打つように歴史が刻まれている。その中の一つ、深廣寺には有名な佐藤一斎の墓がある。

深廣寺惟一先生佐藤府君之墓
佐藤一斎の墓


『言志四録』を著した佐藤一斎は、美濃岩村藩士であり儒学者。昌平坂学問所で塾長を務め、その門下には渡辺崋山、佐久間象山、横井小楠、山田方谷らがいる。『言志四録』は、佐藤一斎が後半生の四十余年に渡って著した書である。幕末の指導者のバイブルとまで言われ、西郷隆盛や河井継之助らにも影響を与えた。佐藤一斎は、安政六年(1859)、八十八歳で逝去している。

さすがに時代を代表する学者の言葉を集めた『言志四録』は奥が深く、示唆に富んでいる。小泉元首相が引用したことで有名になった三学の教え ――― 少にして学べば、即ち壮にして為すこと有り。壮にして学べば、即ち老いて衰えず。老いて学べば、即ち死して朽ちず ――― を始めとして、収録された箴言の数々は、今も輝きを失っていない。
時間と根気のある方は、講談社学術文庫で全四巻が発刊されているので、こちらをどうぞ。漢文調の文章は、格調が高いが現代人にはとっつきにくい。有り難いことに、明治大学の斉藤孝氏が「最強の人生指南書『言志四録』を読む」(祥伝社文庫)を出しているので、こちらをお勧めしたい。

平成十九年(2007)に完成した東京ミッドタウンの東側に檜町公園が広がっている。ここには、かつて長州藩の中屋敷があった。周囲に檜が多かったことから檜屋敷とも呼ばれ、町名の由来にもなった。元治元年(1864)、長州征伐が決定されると、幕府は江戸、京都、大阪にあった長州藩屋敷を全て没収した。三万七千坪という広大な敷地を有していた中屋敷も一夜にして取り壊されることになった。

毛利庭園さくら公園
乃木大将生誕之地碑


乃木将軍と辻占売の少年の像乃木神社


セレブが集う六本木ヒルズに行ってみよう。報道ステーションのお天気コーナーになると、毎度のようにカメラが写しだすのは朝日テレビに隣接する毛利庭園である。毛利庭園は、長州藩の支藩である長府毛利家の上屋敷跡で、討ち入りを果たした赤穂浪士のうち十名が、この屋敷で切腹したことでも知られる。嘉永二年(1849)乃木希典が誕生したのもこの長府藩屋敷内でのことであった。

六本木ヒルズの南側、さくら坂公園の片隅に乃木大将誕生之地碑が建っている。建立は昭和七年(1932)。生誕地にはこれだけであるが、物足らない方は、地下鉄に乗って乃木坂に移動することをお勧めしたい。乃木坂駅を地上に出たところが乃木神社である。この神社は、乃木希典の最期の住居跡に建立されたもので、もちろん祭神は乃木希典。神社境内には、乃木希典の遺品を展示する宝物殿や、玉木文之進と吉田松陰を祭神とする正松神社などがある。





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