『孤独のグルメ』原作者・久住昌之インタビュー「店選びは失敗があるから面白いんでしょ」(前編)

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 知らない土地でメシを食う時、ついつい「食べログ」を見て、少しでも点数の高い店に行こうとする......。現代人なら誰しも日常的にやっている店選びである。だが、『孤独のグルメ』の主人公・井之頭五郎はそんな店選びはしない。なんとなくふらりと立ち寄った店で、小さな失敗と成功を繰り返し、でも最後はなんとなく満足して店を後にする......。情報過多になった今の時代こそ、『孤独のグルメ』の持つ価値が高まってきているのではないか。そこで、1月よりテレビ東京系でドラマ化されたこの作品について、原作者の久住昌之氏に話を聞いた。店選びのポリシー、食体験のルーツ、そしてドラマ版の見どころとは?

──『孤独のグルメ』って、題材がすごく幅広いですよね。店の料理だけじゃなくて、駅弁やコンビニ飯まで取り上げたりして。「なんでも題材にしようと思えばできちゃう」みたいなところはあるんですか?

久住昌之氏(以下、久住) いや、いつも苦労してますよ。何をやろうか、どこにしようかというのは、いっぱい失敗しながらやってますね。

──そこでいう「失敗」というのは?

久住 要は「マンガにならないな」と。

──実際にどの店を取り上げるかどうかはともかく、まず「この店を取材しよう」というのはどうやって決めるんですか? 何かで調べて?

久住 調べないです。だいたい「調べる」って、「インターネットを見る」ってことでしょ? そんなことをしてたら面白くないですよね。やっぱり(店の面構えを見て)「ここがよさそうだな」とまず思って、でもすぐに「いいかもしれない......悪いかもしれない......」とか迷ったりして。中に入ってもいいのか悪いのかわかんなかったり。「おいしい......ような気がする」とか。そういうのがいいんですよ。

──ドラマではマンガと違う店を取り上げてますけど、これはどういう意図で?

久住 ドラマ化にあたって僕が出した条件はただ一つ、「マンガに出た店ではやらないでくれ」ということで。店に迷惑がかかるし、同じ店に行くとマンガと同じものを期待しちゃうから読者がガッカリしたりもする。だから「原作で出た店には行かないでくれ」と。それで店選びにすごい苦労してるんですよ(笑)。

──ドラマの店選びも久住さんが?

久住 僕はやってないです。ドラマのスタッフが「すごい苦労してます」って言ってたんで、僕は「そういうマンガなんですよ」って。そこに苦労してるのが原作だから。作っている人たちがすごく誠実だなと思うのは、ネットで見た店に行っていないこと。一生懸命歩いているわけです。それで失敗したり成功したりしながら店選びをやっているってことは、そういうマンガなんだとわかってくれている。今そういうことをするとみんな驚きますよね。

──「食べログ」とか「ぐるなび」に頼るってことですよね。

久住 それもそうだし、「面白いものはネットで拾うものだ」みたいな感覚ね。僕は自分のライブやトークショーで、散歩してる時に見つけた面白いものをスライドで見せたりするんですけど、終わってから観客の若者が「こういう映像ってネットで拾うんですか?」って。本当にびっくりしましたね。

──ネットの店選びに慣れてしまうと、「街を歩く」という行為が「調べた目的地にたどりつくための手段」でしかなくなってしまうんじゃないですかね。

久住 ただの確認ですよね、それは。誰かが行ったところをなぞって、失敗しないようにする。でもマンガなんてやっぱり失敗するから面白いんでしょ。だから失敗しなきゃどうしようもないわけだよね。僕はマンガ家だからそうなのであって、他の人は別にネット使ったっていいんだけど、そのほうがドキドキして面白いよね。経済効率と面白いってことは全然違うってことだからね。効率よくおいしいものを食べることはできるかもしれないけど、効率よく面白い体験をすることはできないからね。

──店に入って注文すると「思っていたのと違った」というのは割とあることですよね。でも、主人公の五郎はそれを受け入れる。ちょっと違うのが出てきても、とりあえず食べてみる。食べてみて初めて、「予想とは違うけど、うまいぞ」って流れになるじゃないですか。普通といえば普通のことなんですけど、事前に調べれば調べるほど「自分の予想と違ったものが来ると不機嫌になりやすい」ってタイプの人も多いんじゃないかなと思いました。

久住 一つには自分で選んでしまった責任があるから、自分でなんとかしようとするじゃないですか。おいしかったらうれしいし、ハズレたら悔しいし。悔しいけど文句を言うところはない。自分の感想って、そういうところが純粋なんですよね。そういうのが自分で調べないで行く面白さだし、大きく言えば人生なんてそんなもんじゃないですか。自分で選んで、その成功なり失敗を受け入れるっていうね。

──久住さん自身は、店のルールとか雰囲気みたいなものに積極的に合わせるほうですか?

久住 それはもう、一軒の店は一つの国だと思ってるからね。外国に入ったんだから合わせないといけないと思いますよね。そこの法律があるんだろうから。自分に合わなければもう来ないだろうし、合えばまた行く。本当に外国に行くみたいな気がしますね。「この王様いいぞ、まるでブータンだな......」とか「ここは北朝鮮だなあ......」とか。

──作画の谷口ジローさんは取材に同行するんですか?

久住 いや、しませんね。

──でも作画にかなり臨場感がありますよね。背景自体にシズル感があるというか。

久住 谷口さんの描く背景ってのはすごいですよ。「背景で語る」っていうところがある。僕は「こんなに描かなくても」って言うんだけど、谷口さんいわく「きちんと描くのは、そうしないと主人公の気持ちがわかんないから」って言うの。(五郎は)感情的にいろいろ言わない人で、「いい店だな」くらいしか言わないけど、その「いい店だな」と感じたリアリティまで描き込まないと読者にわからないって言うの。写真をトレースして描きこんだものを何倍も超えてる。もちろん写真を使ってトレースしたりするんだけど、元の写真を見ると実はつまんなかったりするんですよ(笑)。谷口さんが描くことによってよくなる。

──あのマンガの中での「おいしい」の表現というのは、純粋に食べ物の描写だけじゃなくて、描きこまれた雰囲気も込みで、ってことですよね。

久住 込みっていうか、7割くらいそう(笑)。いま『孤独のグルメ』がいま世界5カ国で訳されてるんだけど、その話をするとみんな「外国の人にわかるんですか?」って言うんですよね。「高崎の焼きまんじゅうの味をイタリアの人はわかるのか?」みたいな。イタリアの人はもちろん味はわかんないんだけど、「辛いと思ったら甘かった」とか、「つい頼みすぎた」とか、そういうことはあるから彼の気持ちはわかる。それで非常に食べてみたくなるって言うんですよ。

 自分自身のことを考えてみたら、子どもの時に白黒テレビでマカロニウエスタンの映画を見てたんだけど、メキシコとの国境あたりで主人公が酒場に入って、「腹が減ったから何か食わせろ」って言ったら自分の見たことない料理が出てくる。スチールの皿に入ってて、主人公はそれをスプーンですくって食ってるんだよね。「これ食いたいなあ」って思ったんだけど、なんだかわかんない。母親に聞いても「モツでも煮たものかねえ」って(笑)。それ、今考えたらチリコンカーンなんだよね。ビーンズを煮たもの。当時はそんな料理知らないし、画面も白黒だったし。でも「食べたい!」って思ったんだよね。外国の人が見てもわかるっていうのは、そういう気持ちなんじゃないですかね。食べるってのは共通のことだからね。

──いわゆる美食にはあんまり関心がないんですか?

久住 ないです、全然。結局、育ちなんじゃないですかね。うちは貧しかったし、でも家で何でも作ってたからね。「おふくろの味」ってわけでもないけど、たとえば漬物は絶対漬けてたから。朝ごはんに茄子の漬物が出てくると「夏休み近いな」とか、食べ物で季節の変化を感じたり。わりとそういうのを丁寧に作ってたのかもしれないですね。

 おばあちゃんが面白い人で、「おいしいものは知ってなきゃだめだ」って言ってたんですよ。田舎に行った時にたまたまウニが出てきたんだけど、子どもなんてウニが好きなわけないじゃない? 「うわ、まっずい!気持ち悪い!」って言ったら、「ウニってのはすごくおいしいものだ」って。それの味がわかると他のこういうものも食べれるって言ってたの。だから「ぜいたくはいけないけど、おいしいものの味は知ってたほうがいい」っていう、昔にしては変わった考えの人で。けっこう影響受けてる気がしますね。

 小学校の時、魚が嫌いで。それで給食で嫌いだったのがアジフライだったんだけど、おかずは残しちゃいけなかったから、もう本当に泣きそうな思いで食べ切ったのね。それが大人になっておいしいアジフライ食べたら「なんだよ、俺だまされてた!」って思って。そっち(おいしいほう)を最初に食べてれば、あっち(まずいほう)だって食べれてたんじゃないかと思うよね。おいしいほうを先に食べてれば、「おいしくないなあ」って思いながらも頭の中ではおいしい味のベースができてるから、まあ許せちゃうっていうか。
 
──子どもの頃、嫌いだったものを大人になって好きになるということはよくあることですよね。しかも「だんだん」じゃなくて、「急に」だったりして。

久住 好き嫌いがあるというのは、(嫌いなものを)好きになる余地があって将来に楽しみがあるってことだからね。子どもの頃なんて"ひかりもの"が全然食べられなかったの。コハダとかしめ鯖とか怖いの、メタルで(笑)。それが酒飲むようになって食べてみると、「なんだ、おいしいじゃないか」と思って。そうするとオセロで駒がいっぱいひっくり返されるように、自分の駒がいっぱい増えるっていうかね。だから好き嫌いが多い人を見るとうらやましいよね。俺はもうかなり少なくなっちゃったから。

──逆に、子どもの頃は好んで食べてたけど、大人になって冷静に考えると「実はおいしくなかったのでは?」と思うものもあるんじゃないですか?

久住 そういうのあるよね。駄菓子とか、あんなものよく好きで食べてたよね。あとは......グミとか食べてたからね。

──えっ、グミ?

久住 庭に生えてるほうのグミね。桑の実も食ってたよ。

──桑の実ってうまいんですか?

久住 まずいんじゃない(笑)?

──はははははは!

久住 ちょっとは甘いけどね。そういえば、水木しげるさんが軍隊でラバウルに行った時、現地の人が焼いてくれたタロ芋を食べて、「軍隊の食い物よりうまい!」って言ってたんだけど、20年経って現地に行ったら「ほら、お前の好きなタロ芋だ」っていっぱい出してくれたけど、まずくて食えなかったって(笑)。

──ははははは! でもそういうのはありますよね。それでいくと、今の時代って普通に生活してたら「劇的にまずいもの」ってほとんど出合ないですよね。

久住 今の給食なんておいしいからね。やんなっちゃうよ。今の小学生の給食で人気一位って何だと思います?

──えっ、カレーじゃないんですか?

久住 俺たちはそうだったよね。度肝を抜かれましたよ.........バイキングだって。

──ええええええええええ!

久住 一年に一回あるんだって。違うじゃん、ジャンルが。あまりの感覚の違いにびっくりしましたね。俺、『中学生日記』(扶桑社)ってマンガ書いてて、子どもが中学の時、親と先生が給食を食べながら話す会があったから、「取材だ!」と思って出かけたんですよ。そこでやっぱり人気のメニューを出してくれたんだけど、それが「こぎつねごはん」っていうやつで。ごはんに油揚げを煮たのとニンジンとかを混ぜた、要はまぜご飯なんだけど、それがすごいおいしいんだ! でもおいしすぎるとマンガにできないんだよね。おいしいけど面白くないんだよ。「おいしいね、今の子っていいよね」で終わっちゃうじゃない。それよりは昔のまずかった話のほうが面白いからね。

──で、放送中のドラマ『孤独のグルメ』についてですが。実際にご覧になってみて、マンガ版とは違う発見みたいなものはありましたか?

久住 マンガは自分のペースで読めるじゃないですか。だけど映像は向こうのペースに合わせて見ることになる。そこが一番違うところで。マンガはパパっと読んでても、いっぱい情報は得てるんだよね。だけどテレビの場合は見てるとじれったいって感じはあると思うんだよね。「何やってんだ、早く食え」とか。第一話の放送後、制作者に言ったんだけど、「僕は食べ物のマンガを描いてきたからよくわかるんだけど、なかなか食べないとみんなイライラするんですよ」と。

──たしかに最初、食べるまでずいぶん時間かかるなと思いました。

久住 食欲と性欲を置き換えてみればわかる。エロビデオを借りてきて、前置きが長かったら「早くヤれよ!」ってなるよね(笑)。だからそれまでに、なんでもいいから食べるシーンを入れようと。メインの食べものじゃなくてもいいから。

──エロビデオでいうと、ペッティング的な。

久住 イメージシーンだけでは飽きちゃうのと同じだよね。イメージシーンは早送りで飛ばせるけど、テレビは(リアルタイムで見てると)飛ばすことができないからね。

──じゃあ、これからもっとよくなっていくと。

久住 制作者が原作をとても大事にしてくれているドラマですからね。期待していいと思いますよ。
(取材・文=前田隆弘/撮影=オカザキタカオ)

● くすみ•まさゆき
1958年東京生まれ。美学校・絵文字工房で赤瀬川源平に師事する。1981年に美学校の同期生である泉晴紀と組んだ「泉昌之」として、ガロ「夜行」でデビュー。1990年には実弟の久住卓也とのユニット「QBB」で発表した「中学生日記」で第45回文藝春秋漫画賞を受賞。原作者としても活動しており、代表作に谷口ジローとの共著『孤独のグルメ』、水沢悦子との共著『花のズボラ飯』などがある。

●ドラマ『孤独のグルメ』
個人で輸入雑貨商を営む男・井之頭五郎は商用で日々いろいろな街を訪れる。そして一人、ふと立ち寄った店で食事をする。そこで、まさに言葉で表現できないようなグルメたちに出会うのだった――。
原作:『孤独のグルメ』作・久住昌之、画・谷口ジロー/脚本:田口佳宏、板坂尚/音楽:久住昌之、Pick & Lips(フクムラサトシ 河野文彦)ほか/主演:松重豊
毎週水曜深夜0時43分〜放送中
http://www.tv-tokyo.co.jp/kodokunogurume/



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