塀の中のチャンネル権

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今回はメカAGさんのブログからご寄稿いただきました。

■塀の中のチャンネル権

刑務所のテレビ視聴で、チャンネル選択できない理由とかを知ったのだが笑える。いわく「チャンネル争い」が起きるから。昭和のお茶の間かっ!(笑)。まぁ、良識ある共同室では多数決で決めるらしいけど、そうでない部屋もあるんだろうなぁ。

堀江貴文氏のツイート『Twitter』
http://twitter.com/#!/takapon_jp/status/162411812954976257

堀江貴文氏のツイートを発端にした話。なぜ刑務所でテレビのチャンネルを自由に変えられないか? チャンネル争いが起きるかららしい。それに対して「なんたるナンセンス、多数決で決めればいいのに」という意見が少なくない。

だがちょっと待ってほしい。塀の中の多数決ってちゃんと機能するのだろうか? 力の強い人間が「俺と同じチャンネルに投票しろ」と強要したら、結局は強者の都合ですべてが決まることにならないか。

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何かのテレビ番組で、刑務所の様子をレポートしていた。海外の刑務所の話だったかもしれない。その刑務所は比較的自由だが、物の貸し借りや食事のおかずの授受は固く禁じられているという。つまり嫌いなおかずと好きなおかずを他人と交換することができない。

それを聞いて番組のコメンテーターは「そんなもの自由にさせればいいのに」という声が多数を占めた。しかし事情を知っている解説者は次のように述べた。要するに本当に自由意志なのか、それとも裏で強要されての行為なのか、管理側は判断できない。だから自由にさせると弱者が強者にどんどん搾取されてしまうのだ、と。

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学校とかもそうだが閉鎖的なコミュニティの事情を一般の人間はわかっていないのだろう。日本は個人の自由が守られ、国が安全も保証してくれている。だから意思決定も他人に強要されることなく自分の裁量でできるわけだ。(世界の大半の国と比べれば)経済も安定しているから、そこそこ善意や良識も機能している。

しかしそれをいつの間にか“あたりまえ”と思ってしまっている人が多いのではないだろうか。どんな社会でもどんな国でも通用するものなのだ、と。

日本人はしばしば戦争や内戦が絶えない地域の人々を愚かだと評する。武力衝突ばかりやってるより、みんなで協力して経済発展に力を入れたほうが得だろう、と。しかしそういう考え自体が、いつの間にかあって当たり前になってしまった平和と民主主義を前提としている特殊な考えだと留意すべきだろう。

混乱の当事国の人々からは、日本人の脳天気な発想は、親の保護下にある世間知らずの子どもが、生意気な正義感と机上の空論を振りまわしているだけに見えることだろう。

執筆: この記事はメカAGさんのブログからご寄稿いただきました。