萩尾望都と原発

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漫画家の萩尾望都さんが作品で原発と向きあっている。2012年1月30日付の東京新聞が、SFの世界と放射能に汚染された日常が重なると考えた萩尾さんが、昨年の夏以降、「原発を問う作品を次々に発表している」と報じている。

記事のタイトルは「原発に向きあう―漫画家・萩尾望都さんの思い」。リードには「ペンに未来への希望」「プルトニウム、ウラン奇人か 作品次々」とある。萩尾さんといえば、1972年から「別冊少女コミック」で連載がはじまった『ポーの一族』や74年の『トーマの心臓』(「少女コミック」など)、75年には『11人いる!』(「別冊少女コミック」)などの作品で知られ、「少女漫画の神様」ともいわれる漫画家だ。

その萩尾さんが原発3部作として、昨年夏の「プルート夫人」と「雨の夜-ウラノス伯爵-」に続き、「サロメ20XX」を「月刊フラワーズ」に掲載。この3部作は3月に単行本化される予定だという。「これまで社会問題を扱った作品はほとんどなかった萩尾さんは、予定していた企画を後回しにしてまで、『原発』を描き続けている」のであった。

萩尾さんが原発にこだわる理由を知るために、2011年10月27日付の毎日新聞の記事も参照しよう(以下、引用は毎日新聞より)。萩尾さんが「社会問題を取り扱ったのは公害を描いた71年の作品『かたっぽのふるぐつ』だけ」。「そういうテーマ(筆者注=社会問題)は、現実には解決しないので漫画に描くとつらい。だからSFやファンタジーにシフトしちゃったんです」と萩尾さんは語る。

だが、震災や原発事故は、萩尾さんの作品に対する姿勢を大きく変えた。「私も時代の影響は受けざるを得ない。これまでは、それをファンタジーオタク系の表現に変えてきましたが、震災や原発事故はあまりに深刻なので、見聞きしたものがそのまま出てしまった。私にとっては、未来の事象の一片を切り取って現代に持ってきたようなショッキングな出来事。SFの世界とスムーズに結びついたからこそ描けたのかもしれません」。

そう述べた上で、萩尾さんは「従来の世界には未練があるので、私自身、このざわざわ感を吐き出してしまったら戻りたい。でも、もう戻れないんじゃないかという気がします。日本では原発事故が起こらないと信じていたころ、世の中は何とかなると信じていた、あのころには……」とも語っている。

ここで、各作品を簡単に紹介しておこう。第1作目は「なのはな」。「震災で祖母を亡くし、原発事故のために避難生活を送る福島の少女が主人公」の漫画で、その少女が「学校の友人が次々に転校するなどの現実に直面しながらも、『チェルノブイリ』の歴史を知り、いつか育った村へ帰ろうと決意する」という内容で、除染のために植えられた一面の菜の花畑が印象的な作品である。

また、第2作目の「プルート夫人」は、プルトニウムを魅力的な女性に擬人化して書いたこの作品について、萩尾さんは「プルトニウムは核兵器の材料にもなり得る。だからこそ国家政策の対象となり、多くの科学者をひきつける存在にもなった。とはいえ漫画ですから、ちょっぴりこっけいに描いても許されるかな、と思って……」と述べている。

そして、今回発表した3作目の「サロメ20XX」。東京新聞によれば、その内容は「オスカー・ワイルドの戯曲『サロメ』の主人公になぞられた無邪気な美女は、“ウランの娘”のプルトニウム。ちやほやされた踊り子を、高レベル放射性廃棄物の末路に重ねた」というもの。いずれの作品も「国論を二分する原子力エネルギーの『夢』と『原罪』をシニカルに描」いたものとなっている(以下、引用は東京新聞より)。

チェルノブイリでは菜の花やヒマワリを除染のために植える活動がおこなわれ、福島でも同様の活動をするグループがあることを知った萩尾さんは、「できることをやろうと頑張っている人がいた。私は漫画家だから、作品を書こうと思いました」と語っている。とはいえ、萩尾さんは「少女漫画の神様」である。自らの影響力を十分に自覚している萩尾さんには、社会問題を描くことに多少の躊躇があったのではないか。それを乗り越えて原発3部作を仕上げた萩尾さんに、ひとりの読者として敬意を表したい。

70年代から現在までトップランナーとして活躍する漫画家が、原発について描き出し、語りだした。活字離れが進んでいるといわれるこの時代に、影響力のある萩尾さんが、漫画でリアルな社会問題の実状を表現することの意味は深い。萩尾さんの姿勢を見ていると、ひとりでも多くの人が「できることをやろう」と思い始めたときに、少しずつ社会は動き始めるのかもしれない、と感じた。

(谷川 茂)