もしも今、あなたに身に覚えのない容疑がかけられたとしたら......。大切な人や絶対に曲げられない信念を守るために、その容疑を甘んじて受け入れることができますか? 弁明する権利も逃げ隠れする場所もなく、あなたの命か、あなたの大切な人の命、どちらかを諦めねばならないとしたら、どんな選択をしますか?

 第146回直木三十五賞候補に選ばれた、葉室麟氏による「蜩ノ記(ひぐらしのき)」には、己の命よりも己の大切にするものを優先する、ひとりの高潔な武士の生きざまが鮮やかに描かれています。

 作品の舞台は、人の尊厳よりも身分制度に重きが置かれる江戸時代。七年前、前藩主の側室と関係を持ったことを理由に幽閉され、家譜編纂と十年後の切腹を命じられた、元郡奉行・戸田秋谷のもとへ、城内で殺傷沙汰を起こした奥祐筆・檀野庄三郎が監視役として訪れるところから物語が始まります。

 庄三郎には、秋谷が不義をはたらくような人物には見えず、真実を探ろうとするなかで次第に明らかになる、彼の行動の真意。理不尽を知りながらも、切腹の日を迎えるまで、ただただ、己の信念に従い生きる秋谷......。

 命を手放す覚悟に美学を感じるのは、その背景に、命にかえても守り抜きたいものと信念があるからに他なりません。武士道を体現するかのように、心を濁らせることなく、己の大切にするものを守り、廉潔に生きる秋谷の姿が細やかに表現されています。

 その姿には、社会に身を置くなかで、処世術として長いものに巻かれることを覚え、しかしその一方で心の底ではそんな自身を冷めた目で見ている......、そんな現代人の心に響き渡るなにかがあります。

 葉室氏にとって、5回目となる直木賞候補作。昨年3月の震災以降、人と人の絆や、ひとりひとりが自分の人生をどう生きるかということに対して、社会全体の意識が高まっている今、満を持しての受賞となるのでしょうか。



『葉室麟氏の作品が5回目の直木賞候補に、人と人との絆を描いた『蜩ノ記』は受賞なるか』
 著者:
 出版社:祥伝社
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