日本の美術史を「乙女」の視点から読み解く

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 阿修羅像、金閣、銀閣、写楽・・・小学生や中学生のときに教科書で習った日本の美術史だが、それらには教科書には載っていないさまざまな背景を持っている。そんな日本の美術史の背景や名作を「乙女」目線で読み解いていくのが『乙女の美術史 日本編』(堀江宏樹、滝乃みわこ/著、実業之日本社/刊)だ。

 仏像や水墨画、浮世絵など「敷居が高いアート」にまつわるアーティストのエピソードが、作品と同じように高潔とは限らない。友情、痴情のもつれ、女の意地など、人間くさいことに悩みぬいた結果、名作の数々が生まれてきたというのだ。
 本書では、女性に人気のある作品と作者にまつわる恋愛、家族、友情を中心に女性の目線で名作を読み解いていく。

 京都を観光したことがある人なら鹿苑寺と慈照寺を訪ねたことはあるだろう。本書ではその2つのお寺を、イケイケ父さんの「金閣寺」とかわいそうな父さんの「銀閣寺」と称して紹介する。
 金閣寺は、鹿苑寺の俗称で、正確には金箔が貼られたあの建物は「舎利殿」という。お釈迦様のお骨が収められている特別な場所で、もともと大貴族の西園寺家が代々受け継いでいた京都・北山の素晴らしい山荘を、時の権力者・室町幕府3代将軍の足利義満が受け継いだところからその歴史は始まる。
 義満は、天皇家を乗っ取る一歩手前までコマを進めた末に謎の死を遂げるのだが、こんなことを考える人だから、世間に自分の権勢を「どうや!」と見せつけたくてたまらない。金閣寺が金ぴかになった理由はそこにあるのだろう。著者の堀江氏は、金閣寺には高度経済成長期を生きたビジネスマンみたいな、エネルギッシュな義満父さんの人柄が表れていると述べている。
 一方の銀閣寺だが、室町幕府8代将軍・足利義政の生前は「東山山荘」と呼ばれていた。将軍としては不幸にも応仁の乱に巻き込まれた以外、特に何もできず、「日野富子の夫」といったほうがわかりやすい影の薄い義政が、妻の目の届かぬところに行きたいと願った…そんな行き場のないお父さんの姿を銀閣寺に見てしまうと堀江氏は言う。
 金閣寺と銀閣寺、見た目の通りの背景があったようだ。

 今までとは違った視点で日本の美術史を読むことができる本書。これまで見落としていた新しい発見ができるかもしれない。
(新刊JP編集部)


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