被災地にやって来たサンタたちが学んだこと

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2011年のクリスマスイブ、東北にはいったい何千人のサンタクローズが現れたのでしょうか。そして、そのサンタクロースたちが背負う袋にも、ものすごい数のプレゼントが全国から、そして世界から届けられたことでしょう。

広島商工会議所の職員である寺澤正寛さん(36)もそんなサンタを率いた隊長の1人です。彼は、9月11日に広島で開かれたあるシンポジウムに参加し、福島の子どもたちに笑顔を届けたいと決意しました。そして、ひろしまNPOセンター地域コーディネーターのあびこえりかさんと2人で構想を練り、各地の被災地支援サイトなどで情報を集め、被災地のクリスマスにサンタクロースを派遣しようというアイディアを固め、11月に入ってから行動のためのホームページを立ち上げたのです。

普通この手のイベント型のボランティアは、ちゃんとした組織があって、複数の中核となる人物と、対象となる地元組織へのコネクションを有して、半年以上前からミーティングなどを繰り返して備えていきます。しかし、ボランティアの多くは一時の熱情にかられてはじめるものの、長期間にわたる複雑な調整と、人間関係、また対象への興味度の変化、組織の肥大化による原点喪失に見舞われます。このプロジェクトは最後までちゃんとしたプロジェクト名すらなかった個人プロジェクト、公益性の高い団体に勤めているとはいえ、こういったプロジェクトにノウハウがあるわけでもない方がやり遂げました。被災地に知己が多かったわけではありません。加えて、2か月もない準備期間、それでも志が純粋であれば、人も物資も集まってたくさんの方を喜ばせることができるんだ、という点が興味深いです。

実質的な準備はごく短期間。11月21日に正式に公開募集を開始。関わりがあったり、ページなどを見て興味を持ってもらったアーティストにオファーを出したのも、11月末からというギリギリさ加減。ホームページと『facebook』ページを中心に思いを伝え、ボランティアや被災地支援のポータルサイトを通じて寄付とボランティアを募り、12月初旬の時点でやることも行き先さえ満足に決まっていなかったプロジェクトが、2週間のうちに数十人のプロボノ的に協力するアーティストを含むボランティア集団と、20万円以上の寄付を集め、そして最後の10日間で一気に爆発。最終的には80万円以上の寄付総額と、2600個を超えるプレゼント、30名以上のボランティアがいわき市へ支援に入ることになり、23日〜25日の3日間をかけて、現地で活動できることになりました。


1日目は、10年以上にわたって多くの実績を残しているMerryプロジェクトの『MERRY XMAS in いわき いわきをツリーとえがおでいっぱいに』にジョイント。


寄付による広島の野菜を使った炊き出しやプレゼント配布のほか、松鶴家ぽんさんの大道芸や、テレビドラマ化もされた人気漫画『乙男』の作者菅野文さんによる似顔絵コーナーなどを行い、集まった子どもたちやその親に喜ばれました。


そして、緊張の2日目。2日目のイベントは、この『東日本大震災被災地の子ども達へクリスマスプレゼントを!』の主催イベント。寺澤さんが「被災地の子どもたちへ笑顔を届けたい」と思ったその目標を達成するためのコンサート。


朝からボランティアの宿泊先では、大勢のサンタがプレゼントの準備。ボランティアの多くは大学生を中心とした20代の男女で、全員がサンタの服に着替えてプレゼント仕分けをする姿は神々しくさえ見えます。若いっていいですね。午前中は、何班かに分かれて仮設住宅へのプレゼント配布。その途中で、午後のイベント会場の集客が思わしくないことが知らされます。実は当初は、別の大きな合同イベント会場で行うことを想定していたのですが、数日前に突如それができなくなり、急遽(きゅうきょ)この会場へと変更になったのです。


変更になった先は、素人集団のこのプロジェクトメンバー以外誰もいない仮設住宅のプレハブの集会場。この仮設住宅は町のほとんどが原発事故の警戒区域に指定され、避難対象となった楢葉町の住民が集団で避難しているところです。高齢者の比率が高く、午前中の時点では人ひとりいない状態で、先に着いたスタッフも「ホントにここ?」と不思議がるような状態でしたが、イベント時間になると元気な子どもたちとたくさんのお年寄りが……。


最初に登場したバンド“FUNKIST”は、ノンジャンルな音楽とはいえボーカルは明らかな外人顔にリズムはロック。おじいちゃん、おばあちゃん、最初にちょっと面食らったものの、懐かしさも混じるリズムと優しい歌詞に次第に溶け込んでいきます。


そして、年齢を問わず大人気となった松鶴家ぽんさんの大道芸を挟んでトリをつとめたのが、シンガーソングライターの中村つよしさん。


会場の雰囲気を見て、急遽(きゅうきょ)メニューを変えたという中村さんのステージは、途中子どもにマイクを渡し、いっしょに歌ったり、年配者を全員立たせての即席のボイストレーニングありと多彩。中村さんの歌を涙を流しながら聞き入る年配の被災者の方もいて、大きな会場で華々しく行われるイベントの高揚感とは一味違った感動がありました。
強く印象に残ったのは、ご高齢の方々の寂しさでした。
「孫たちはみな、遠くへ避難したからね。なかなか会えないんだ」
「かみさんに逃げられて、ひとりなんだ」
「話し相手がいなかったからこうして来てくれると、本当にうれしい」
音楽を聴くときの表情が、本当に真剣でその表情を見続けることが難しかった。松鶴家ぽんさんの大道芸で、ようやく心が解けはじめたように感じました。歌や笑いなど、すっと心に入れることができないような、何か壁のような重りのようなものがあることを知りました。(寺澤さん)


いちばん心に残っているのは、24日のイベント。4日前に予定していたイベント会場から断られて、あわてて場所を変更、駅前のビルから仮設住宅の集会所へ。でも、だからこそ本当に届けたい人たちに温もりのある歌を届けられたと思う。「拍手をしているときは不安な気持ちがなくなるんだよ」って言ったおばあちゃん。「鬱で歌なんか歌う気持ちにならなかったけど、今日歌ったらとっても気持ちがよかった」って言ったおばちゃん。ほんとにやってよかった。いい仲間もいっぱいできた。みんな、本当にお疲れさま! いろいろフォローしてくれてありがとう!(あびこさん)

もちろん“子どもたちに夢を届ける”という目標も達成したのですが、それ以上にサンタの心に残ったのは、中心地のイベント会場に来ることができない大勢のお年寄りの笑顔だったと思います。

行き当たりばったりがよくないとか、楽しそうなことだけとか、被災地の支援活動にはいろんな意見もありますが、不完全だからこそ学び、計画的でないからこそ純粋な思いだけで参加する人が増え、予想もしなかった体験をし、予想もしなかった感動を届けられたのです。被災地支援は、まずは行くことです。たとえ現地の自動販売機で缶コーヒー1本買っても現地支援です。寺澤さんのような高い志と行動力があれば、短期間で大きなこともできますが、そこまでの覚悟がなくても興味があれば、とにかく気軽に現地に行ってみてほしいなと思います。そこできっといろんな出会いと学びがあることでしょう。

※この記事はガジェ通ウェブライターの「野水 克也」が執筆しました。あなたもウェブライターになって一緒に執筆しませんか?
元TVカメラマンで、零細建設業経営者を経て、今はIT企業でマーケティングの仕事。中学生になった二人の子供に給料を搾り取られて、自分のためにはなかなか使えないお年頃。新品のガジェットはなかなか買えないので人生経験の深みで中古品をうまく使うセコハンガジェットライフを提唱中!