“日本は資源がない国”という先入観のウソ

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 「祖国」という言葉は日本人にとって馴染みが薄い。それは、日本の学校で教えないからだ。日本の大人も、日本を「祖国」として語らない。しかし、誰にでも祖国はある。そして、日本国民である以上、誰にでも祖国としての日本がある。
 独立総合研究所代表取締役社長兼首席研究員で、大学の客員教授や原子力委員会・専門委員などを務める青山繁晴氏の『ぼくらの祖国』(扶桑社/刊)はそんな言葉から始まる。

 誰も語らないのだから、何かのきっかけがない限り疑問にすら思わないだろう。ましてや「祖国とは何だろう」と日常生活の中で考えることはほとんどない。
 しかし、今、「祖国」としての「日本」が日本国民から見つめられつつある。日本と隣国間で起きている領土の問題や、3・11による原子力発電所事故から、自分の生まれ育った「日本」を見つめなおす機会を設けられたのだ。

 ではどうして、私たちは「祖国」から遠ざけられてしまったのか。
 青山氏は本書において、日本国民が愚かなのではなく、教育で領土問題をほとんど教えないことを原因の一つとして挙げる。青山氏がそれに気づいたのは、仕事で海外に出るようになってからであったという。
 日本では話題にもならない識字率の高さは、日本のすごさを物語っているが、どれだけすごいことなのか、あまりピンと来ないだろう。領土の大切さも同じだ。領土がなくなれば祖国もなくなる。言葉も文化も消える。領土があることは当たり前ではないのだ。

 だからこそ、尖閣諸島で起きた問題は衝撃的だった。
 中国は1969年から突如、「尖閣諸島は古来、中国の領土だった」と主張する動きを始め、1971年12月に北京放送でいわば公式に、尖閣諸島の領有権を宣言した。
 しかし、青山氏によれば、1952年に発効したサンフランシスコ講和条約によって日本が独立した際、小笠原諸島や尖閣諸島を含む南西諸島は条約において「当面はアメリカの施政下に置く」と定められていたという。だから、本当に尖閣諸島が古来より中国のものであれば「もともと中国領だから、アメリカも日本も関係ない」と抗議するはずだが、そんなことを一言も言ってこなかった。

 中国が1960年代終わりに急に尖閣諸島を自国のものと言い始めた目的は、資源だったと青山氏は言う。私たちは「日本は資源のない国」だと教えられてきたが、実は、そうではなかった。尖閣諸島付近には有望な海底油田、ガス田が見つかり、1968年当時から日本は国連に「資源の豊かな国」と名指しされていたという。
 それに対し国会議員もマスメディアも沈黙していた。青山氏は「ほんとうに『信じがたいこと』とはこれではないか」とつづる。また、日本の領海、排他的経済水域、そして奪われたままの千島列島や南樺太の海は、メタン・ハイドレートを豊かに抱擁している。詳しくは本書を読んでみてほしい。

 日本国民が祖国としての日本の凄さを知らない。資源が豊かな本当の日本を知らない。
 青山氏が教鞭を執る近畿大学の講義で、「祖国」をキーワードにして自由に考えを書いてもらう試験を行った。すると大学生たちからは「祖国という言葉を、これまで聞いたこともない」「この日本に生まれて育ったから、祖国というのはきっと日本だろうけど、それがどういう意味か分からない」という答えが返ってきたという。

 『ぼくらの祖国』は青山氏にとって約2年半ぶりの単行本。大きな文字で印刷され、漢字にはルビがふってあり、小学生や中学生でも読み進められるようになっている。領土問題だけでなく、硫黄島や東日本大震災と原子力発電所の事故などにも触れながら、「祖国」とは何かを問い直す本書は、日本人として失ってしまっていたものをよみがえらせてくれるだろう。
(新刊JP編集部)



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