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 第37回の今回は、2007年に『アサッテの人』で第137回芥川賞を受賞し、この度新刊『領土』(新潮社/刊)を刊行した諏訪哲史さんです。
 前回はこの作品にいたるまでの発想についてお聞きしましたが、第二回の今回は『領土』というタイトルについて。このタイトルにはどのような意味が込められているのでしょうか。

■新刊『領土』、タイトルに込められた意味とは?

―諏訪さんといえば、小説の中で「物語」よりも「言語」や「リズム」に強いこだわりを持った作家さんだというイメージがありますが、今後の作品で「物語」の方に重心を移すことはあるのでしょうか。

諏訪「僕の中での定義なんですけど、小説には3つ必要な要素があって『物語』と『詩性』、もう一つは『批評』です。その3つがどういう配分かは人それぞれなんですけども、今の僕の作品は『物語』の比重が小さくなって『詩性』と『批評』の割合が大きくなっています。それを見て、“実験的”という言い方をされることが多いんですけど、これまで、今回の本を入れて4冊書いてみて“諏訪哲史という名の紋切り型”ができつつあるのかもしれない、と思ったんです。“諏訪は奇妙なことをやってくる”“紋切り型破りをやる”っていう紋切り型ですね。その読者の足元を一度すくってみたいという気持ちもあるんです。
今はあえて誰でも書けそうな文体の、誰でも知っていそうな恋愛小説を書いてみたいと思っています。
今回の作品を書き上げて、現時点で僕が思う小説の最果てまで来れた気がします。だから、この先を模索する前に、一度わざと凡庸なことをやっておきたいというのはありますね。
それを書くことで読者が裏切られることになる。多分、読者の方の中には“読者を裏切ってくるのが諏訪哲史だ”っていう紋切り型があってそれを裏切ったらどうなるかっていう。
変な話ですけど、これまでの作品で、荒馬みたいに上に乗っている読者をとにかく振り落とそうとしてきたんですけど、落ちてくれないコアな読者の方がいらっしゃって。だから、次はその人たちさえも失望させるものを……なんで書かなきゃいけないんだろう…(笑) 」

―でも、凡庸なものを書こうとしていても変なことをやりたくなっちゃうのが諏訪さんじゃないですか。

諏訪「そこが難問です(笑) 。だからこれも実際に始めたらできないかもしれません。」

―『領土』というタイトルはどのように決めたのでしょうか? 確かに本の中には「領土」という言葉が出てくる短篇もありますし、1編目の『シャトー・ドゥ・ノワゼにて』での新婚夫婦の会話なども、どこかその言葉を連想させます。

諏訪「『領土』っていうのは自分の内部の最もリアルな世界の限界という意味と、それを描く上での『小説の領土』という意味があります。小説の領土はどこまであるのか、先ほどもお話ししたように、『先カンブリア』を小説として読ませるのが僕の目論見だったので、『領土』とは『僕の小説の領土』であり、『幻想の領土』ということですね。
『領土』という言葉にはニュアンスがいろいろありますが、僕にとっては、何かの内側にいて、外に出たいというイメージでした。実際にこの本の中の語り手は、外に出てどこかに帰りたがっているんです。今歩いている道にいたら帰ることができないので、その世界・『領土』から出なければいけないということで、出ようとしたり、家に帰ろうとしたりするんですけど、絶対に帰れない。
たとえば『湖中天』だと、電車で車掌に揺り動かされるところから始まって、最後は乗り換えた電車の車掌にまた揺り動かされて元に戻るというように循環しています。『尿意』も水が循環する世界です。つまり、外に出たいけど出れない、家に帰りたいけど帰れない、迷い子の一人称独白のような感じになっています。
『小説の領土』ということで言えば、領土にいることの快楽といさせられることの苦痛が両義的にあって、小説の中で憩いたい自分と、そこから出なければいけない自分がいます。では、小説の内と外はどこなのか、ということになる。僕は、小説ではないように見えるものをあえて書こうとすることで、自分の領土を確定したいんです。これまでの僕の小説は全部、結果的には『小説の領土』の外に出られていないんです。領土から出られない、出られない領土のことを書いた、それがこの『領土』です」

―確かに、永遠に続く、あるいは、はじめと終りがループ・循環しているイメージが多用されているように思いました。本作において、内容として表現したかったことはどんなことでしょうか。

諏訪「そこまで循環というものは意識せずに書きましたが、読者の方から循環の構造が多いと指摘されまして、後から気づかされたというのが正直なところです。
内容については、形式を決めた後に、何を書くかを探しに行ったというところもあって、自分の中で“リアル”でさえあれば何でもよかったんですよ。リアルな触感や実感、それらが僕の記憶なり何なりに含まれていればどんなものでもモチーフにできました。
たとえば『百貨店残影』にしても、単に百貨店に行った思い出を書いたわけではなくて、子どもの頃から百貨店っていうのは変な構造をしているなと思っていたんです。まず入るとキャンディ・サークルが回っていたり漬物屋があったり『食』に関するものがあって、そこから上に行くと婦人服、紳士服など『衣』に関することになって、その上はインテリア、さらに上はおもちゃ、つまり人間にとって切実なものが下にあって、上に行くほどに不要なものになっていくんですよ。僕が育った名古屋の百貨店はみんなそうなっていて、それが僕のなかでだんだん『衣』『食』『住』から解脱してくような感覚を持っていたんですよね。その感覚が僕の中ではリアルだったんです」

第三回 恩師・種村季弘に読ませるためだけに書かれたデビュー作『アサッテの人』につづく


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