■「美しく勝つ」という哲学を持った指揮官が町田を去る日

12月11日、東日本大震災のため振り替えとなっていた前期第1節が行われ、町田ゼルビアはカマタマーレ讃岐を2対0で下し、3位でシーズンを終え、J2参入を正式に決めた。念願のJリーグ入りを決め、歓喜に沸くスタジアム。だが、その一方で、悲しみがチームを襲っていた。12月7日の練習前に行われたミーティングでポポヴィッチ監督の口から選手たちにこう伝えられた。

「今季限りでチームを離れることとなった」。

ポポヴィッチ監督率いる今季の町田は、「美しく勝つ」という指揮官の哲学をもと、“超”がつくほどの攻撃的なサッカーを貫き、観衆を魅了するサッカーをしてきた。そして、選手たちも「昨年の主力がいなくなった中で昨季と同じ順位(3位)にいられるのは監督の力以外何物でもないですよ」とFW勝又慶典が言うほど、ポポヴィッチサッカーにほれこんでいた。

「心の10年契約」。就任記者会見時、唐井直GMはポポヴィッチ監督に長期的にチームの強化を委ねたい方針であることを明かした。JFLで4位以内に入ることはもちろん、その先につながるサッカーを築いてもらいたい。そういう思いを込めて、ポポヴィッチ監督を招聘したのだった。だが、蜜月は長く続かなかった。娯楽性溢れるサッカーを志向しながら結果を出すこともできる監督をビッグクラブが放っておくわけがなかった。J1クラブからオファーが届き、苦渋の選択の中、ポポヴィッチ監督は町田を去ることを決断したのだ。

■町田ゼルビアにポポヴィッチが残したもの

わずか1年の指揮に終わったポポヴィッチ監督だが、その功績が消えるわけではない。J2昇格という結果はもちろんのこと、これからも続くFC町田ゼルビアの歴史の中でポポヴィッチ監督が残したものは決して小さくないはず。それをクラブとして大切に引き継いでいくことが今後の町田の使命と言えよう。
それでは、果たしてポポヴィッチ監督が残したものとは何なのか。

ポポヴィッチサッカーの代名詞といえば、「攻撃」である。徹底的にポゼッションにこだわり、ボールを動かしながら周囲の選手が流動的に動き、厚みのある攻撃を仕掛ける。リーグ最多の61得点という数字がポポヴィッチサッカーの本質を示している。しかし、その多くが何本ものパスをつないで守備を崩して決めたもの。すなわち、個の力に頼って決めたゴールはほとんどないのだ。そこにポポヴィッチ監督の哲学がある。

「個が組織を引っ張るのではなく、組織が個を生かす」

ポポヴィッチ監督は常に選手たちにそう訴え続けてきた。
以前、記者言会見で記者からC・ロナウドやメッシの名前を引き合いに「組織の力も大事だが、やはりサッカーでは個の力が大切なのでは?」という質問が飛んだ。その問いに対して、ポポヴィッチ監督はこう答えた。「C・ロナウドやメッシは観客を沸かせるプレーを見せるし、チーム状態が悪くても決定的な仕事をしてくれることを期待されている。ただ、私が言いたいのは、2人のようなプレーを町田の選手でもできるということ。無謀と思われるかもしれないが、勇気を持ってプレーすれば、無名の選手でも魅力的なプレーができるということを証明したい」。

ポポヴィッチ監督が大切にしたのは「連動」という言葉であった。常にサポートの動きを心がけることで、ボールホルダーの選択肢が広がり、判断も速くなる。その結果、いろんなアイデアを出せるようになり、個の力がさらに生きる。チーム全体で同じ絵を描くことが個を最大限に生かす方法であるということを、ポポヴィッチ監督は1年間伝えてきたのだ。

■注目すべき失点の少なさ

そして、もう1点注目したいのは、リーグで2番目に少ない28失点しかしなかったということだ。リスクをかけた攻撃サッカーを繰り広げながらなぜ失点が少ないのか。その理由を12月4日に行われた前期第2節アルテ高崎戦で見ることができた。強風と荒れたピッチ状態のため、思うようにパスをつなげず、高崎の激しいプレスに遭い、苦戦を強いられた。粘り強く戦いながら、88分にCKのこぼれ球をMF酒井良が押し込み、それが決勝点となり、町田が勝利をおさめた。