「リベラルアーツ教育」の重要性を説く横山幸三学長(日本橋学館大学のウェブサイトより)

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日本橋学館大学という大学がある。つい最近までほとんどの人はこの大学のことを知らなかったと思う。だが、今年の春ごろに、本大学のシラバス(講義情報)がネットを中心に駆け巡った。句読点、仮名遣いや原稿用紙の使い方といった日本語教育、分数、少数の計算方法etc.……。およそ高等教育とはかけ離れたシラバスで、同大学は一躍話題の大学となってしまった。

恐らく、ほとんどの人が「なんてけしからん大学だ!」と感じたに違いない。筆者自身、全国共通の大学卒業検定試験のようなものを導入して、卒業率の低い大学は全部潰してしまえと考えていた。

入学後の成長率ではトップクラスだ

ただ、『週刊ダイヤモンド』(2011.12.10号)の日本橋学館大学学長インタビューを読むと、彼らの学生底上げにかける情熱を感じてしまい、イメージががらりと変わってしまった。

「本学の『基礎力リテラシー』のようなリメディアル教育は現在、公表されていないだけで、難関校を含めたほとんどの大学で行われている。(中略)本学は、授業の詳細をあえて公にしている。現実の学生と向き合い、リメディアル教育(註:学力の不足する大学生に対する補習教育)に真正面から取り組む姿勢が本学の特色であり、生き残るための術だと考えるからだ」

実際、そうやって手取り足取り教えつつ、国立大の大学院に進学するまでに伸ばしているわけだから、大学入学後の成長率でいうなら日本トップクラスかもしれない。教える側も教えられる側も、今の日本でここまで教育に真面目に取り組んでいる人がどれだけいるだろうか。

日本語の読み書きができない生徒というのは、要するに義務教育が見捨てた若者たちのことだ。小学、中学、高校と、社会が見捨て続けた人間を、

「なんとかして、いっぱしの社会人にしてやろう」

と泥臭いシラバスを作って公開する大学は、もうそれだけで偉いと思う。

特に、公立校の凋落が明らかになっているにもかかわらず、「公教育への介入拒否」を旗印に一切の自助努力を放棄し続ける教職員労組などは、爪の垢を煎じて飲めといいたい。

大学と社会の断絶を放置したエリート教授たち

同じことは偏差値上位校についても言える。有名大出身であっても、

「4年間しっかり勉強しました」

と胸を張って言える人間が、今の社会にどれだけいるか。単に受験時のボーナスの残りで、偉そうにしてるだけなんじゃないか?

もっと言えば、そんな学生の姿勢に目をつぶり、大学と社会の断絶を放置し続けてきたエリート教授たちは、研究者としてはともかく、教育者としては明らかに、リメディアル教育に携わる先生方に劣ると思う。

どうして、初等教育内容もおぼつかないような大学生が生まれてしまったのか。なぜ、日本の大学生は勉強せず、企業も大学もそれを求めてこなかったのか。

みんなが知っていながら見ないふりを決め込む中で、正面から問題に取り組んでいる人たちには、心からエールを送りたいと思う。

城 繁幸